映画『惑星ソラリス』(1972年)では、主人公の前に立ち現れた存在が、彼自身の記憶と向き合う場面があります。
その背後に広がる惑星の海は、観測者の内面に応じて世界の輪郭を変える存在として描かれています。
この象徴的なイメージは、「意識とは何か」という問いへ自然につながります。
今回の論文は、その問いを宇宙の基底にまで下ろしていきます。
意識を脳の内部に閉じ込めるのではなく、時空に先立つ“根源的な場”として扱い、そこから物質や時間が立ち上がるという視点を示します。
背景には、シドニー・バンクスの三つの原理―マインド、意識、思考―があります。マインドは世界を生む根、意識はその世界を照らす光、思考は光を受けた風景に輪郭を与える働きです。
三つが寄り添うとき、私たちは“世界を経験する”という営みに踏み入ります。
著者が最も大切にしている視点は、「意識は宇宙の初めから在る」というものです。
星が生まれる以前、空間も時間も形を持たなかった頃、そこには無数の可能性が折り重なる広がりがあったとされます。
まだ選ばれていない未来が幾層にも重なり合う状態です。
そこから“現実”が立ち上がるためには、何が必要なのか。
論文は三つの動きを置いています。
まず、均一に見える広がりが、小さな違いから変化を始めるという点です。どのようにも進める状況で、わずかな揺らぎが模様をつくります。
次に、偶然の振動が、その後に続く道筋を決めるという点です。いっけん微細に見える変化が、結果として大きな方向性を生むことがあります。
そして最後に、意識の場が自分自身を映し取り、その働きが新しい構造を生むという視点です。観測する行為が、世界の立ち上がりと結びつく可能性を示します。
こうした動きを重ね合わせると、空間や時間、物質、そして個人の心が共通の場から立ち上がるという像が浮かびます。
私たちが「自分」と呼んでいる意識は、その場の表面に立ち上がった一つの作用であり、思考がその活動の形を変えていきます。
世界の見え方は、その瞬間瞬間に流れ込む思考によって揺れ動き、輪郭を得ます。
ただし、この理論はまだ道半ばにあります。
著者が挙げる物理的な手がかり―瞑想時の生体信号の同期や、微弱な発光の変化、ランダム現象の揺れ―はいずれも検証の途上にあり、確固とした証拠とは言えません。
この理論は完成された体系ではなく、宇宙と意識をつなぐ“試案”として理解すべきものです。
それでも、この枠組みは別の光景を私たちに見せます。
もし意識が宇宙の深くまでしみわたる場だとすれば、私たちが「孤立した心」だと思っていたものは、ほんの一部分の働きかもしれません。
ソラリスの海が観測者に呼応したように、世界のあり方も、意識との関わりの中で姿を変える可能性があります。
観測者と世界の境界は、どこにあるのか。
“私”という枠組みの外側には、どれほどの広がりがあるのか。
その問いが、読む者の胸の奥にそっと残ります。
参考文献:
Maria Strømme; Universal consciousness as foundational field: A theoretical bridge between quantum physics and non-dual philosophy. AIP Advances 1 November 2025; 15 (11): 115319. https://doi.org/10.1063/5.0290984

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
