外来で「足の裏がジンジンする」「指先の感覚が鈍い」と訴えられる場面は、決して珍しくありません。
糖尿病、甲状腺疾患、頸椎症、腎機能障害、薬剤性――鑑別診断は多岐にわたります。
問診を進め、検査を重ねても、決め手に欠けることがあります。
そうしたとき、生活習慣や市販のサプリメントの話題は、どうしても最後に回されがちです。
たいていは、体に良いと思って続けてきただけのものだからです。
末梢神経障害(手足の感覚や動きが障害される状態)とビタミンB6(ピリドキシン)の関係は、実は昔から知られていました。
ビタミンB6は神経伝達物質の合成などに関わるため、「神経に良い」「疲れに効く」と理解されやすい栄養素です。
欠乏すれば神経障害が起こり、補えば改善する。
その一方で、過剰でも神経が障害されることも知られています。
ただし、実際の臨床の現場では、あまりリアリティをもって受け止められているものではありませんでした。
近年、欧州やオーストラリアで注目されたのは、市販サプリメントによるビタミンB6の慢性的な過剰摂取と、多発神経障害との関連でした。
背景には、「水溶性ビタミンは余分な量は尿に出るから安全」という、広く共有された安心感があります。
食事から通常量を摂取して問題が起こることは、ほぼありません。
しかし、サプリという形で必要量を大きく超え、それを長期間続けた場合、状況は変わります。
報告された症例では、疲労回復や体調管理を目的に、ビタミンB6を含む製品を日常的に摂取していました。
単剤ではなく、B群複合ビタミンやエナジー系サプリを併用し、総量が把握されないまま増えていく例も少なくありませんでした。
本人は「サプリを飲んでいる」という意識が薄く、薬の問診で申告されないこともあります。
健康志向と無自覚が、重なっていく構図です。
数値を見れば、それははっきりします。
オーストラリアでは、ビタミンB6に関連する末梢神経障害が約250例報告され、多くは100~200mg/日以上を長期間摂取していました。
非常に高用量を慢性的に摂取した集団では、多発神経障害が約1~4%に生じうると推定されています。
さらに、50mg/日程度でも、数か月から数年続けば感覚障害を来す人がいると指摘されています。
こうした状況を受けて、欧州食品安全機関は成人の耐容上限量を12mg/日に引き下げ、オーストラリアでは高用量製品の販売規制が進められています。
市販で手に入る量と、神経にとって安全な量は、必ずしも一致しません。
なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。
末梢神経は、微細な電気信号を正確に伝える必要がある、非常に繊細な組織です。
ビタミンB6は通常、この神経伝達を支える補酵素として働きますが、血中濃度が高い状態が続くと、その調整機構そのものが乱れると考えられています。
神経は「足りない」ことだけでなく、「多すぎる」ことにも弱い臓器です。
必要な栄養素であっても、量と期間を誤れば、神経にとっては負担になりうるという点は押さえておく必要があります。
このことは臨床的にも重要です。
原因不明の末梢神経障害を前にしたとき、ビタミンB6の摂取歴を確認しないことは、重要な原因を最初から除外しているのと同じです。
ビタミンB6が関与していれば、摂取を中止することで症状の改善が見込まれる場合があります。
ただし、障害が長期間続いた神経は回復しにくく、完全に元に戻らないこともあります。
時間は、神経に対してだけは公平ではありません。
もちろん、この領域のデータは症例集積や規制当局への報告が中心で、正確な発生率や個人差の要因は十分に整理されていません。
製品ごとの差や併用の影響も大きく、今後の検証が必要です。
それでも、診療の現場でできることはあります。
末梢神経障害を評価するとき、市販サプリを「薬と同じ重さ」で扱うこと。
「安全」という言葉を一度疑うこと。
健康管理のつもりだった日常の習慣が、症状の一部になっていないかを考えることです。
診察室で起きている問題と、薬局の陳列棚に並ぶ商品は、実は同じ生活の延長線上にあります。
参考資料:
Ellis R. Vitamin B6 pills tied to neuropathy, stricter rules urged. Medscape. March 4, 2025. Accessed December 30, 2025. https://www.medscape.com/viewarticle/vitamin-b6-pills-tied-neuropathy-stricter-rules-urged-2025a10010iq

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
