脳の回転数を上げる一粒―ピーナツがもたらす“微細な加速”

脳の回転数を上げる一粒―ピーナツがもたらす“微細な加速”

 

映画『リミットレス(2011)』では、主人公が謎の薬を飲んだ瞬間、景色の輪郭が鮮明さを増し、情報が一気に処理されていきます。

脳の働きが底から押し上げられると、世界の手触りが変わる―そんな映像が印象に残ります。

現実にはあんな劇的な跳ね方はありません。

けれど“ほんの数%”という控えめな変化が、記憶の持ち方をゆっくり変える。

今回の研究は、その現実側の物語です。

 

高齢になると脳血流は年0.37%ずつ減少します。

これが記憶や注意の土台を揺らす要因になります。

そこで研究者たちは、60〜75歳の男女31名に、1日60gの皮つきローストピーナツを16週間食べてもらい、MRIで脳血流を測り、CANTABという認知テストで変化を追いました。

対象者は健康で、薬剤の影響を受けていない層に絞られています。

試験は、参加者が「食べる期間」と「食べない期間」を順番を変えて体験し、その違いを公平に比べられるよう組まれた試験方法で行われ、ピーナツ期間と非摂取期間を8週間の休止で挟みながら比較しました。

 

16週間後、脳血流は落ち着いた姿で変化していました。

全脳は3.6%、灰白質は4.5%増加。

さらに前頭葉では6.6%、側頭葉では4.9%の上昇が確認されています。

記憶や言語処理に関わる領域ほど、血流の伸び幅が大きい傾向がありました。

血圧も5mmHg下がり、脈圧も4mmHg低下。

代わりに、中大脳動脈の流速や網膜血管はほとんど動かず、変化はより“細かな血管調整”の側に寄っています。

 

認知テストでは、20分後の言語記憶が5.8%向上し、平均1.4語多く思い出せるようになっていました。

他の記憶課題や迅速さを求める課題には明瞭な変化が見られず、むしろマルチタスクでは反応がわずかに遅れました。

読み解くなら、速さより正確さへと比重が移ったとも言えます。

食事記録では脂質と食物繊維が増え、炭水化物比率は減少。

体重変化は1kg未満で、実質的には安定しています。

 

ピーナツに含まれるL-アルギニンは、一酸化窒素の材料として血管を広げる方向へ作用します。

皮の部分にはポリフェノールが多く、酸化負荷を抑える力を持ちます。

さらには食物繊維が腸内細菌を動かし、短鎖脂肪酸を生み、血管調整に寄与します。

この組み合わせが、脳の血流を“地味に押し上げる小さな補修作業”になっていると考えられます。

映画のような劇薬的な跳ね方ではなく、日々の積み重ねで脳の舞台装置を整えていく感触です。

 

ただし、この研究は健康な高齢者に限られており、疾患を持つ人や薬剤の影響下にある人に当てはまるかは不明です。

16週間という期間で長い未来を予測することもできません。

さらに、皮つきローストピーナツ以外(ゆで、バター、味つき)が同じ効果を持つかも分かりません。

 

それでも、血流がわずかに増えるだけで、言葉の記憶が少し持続しやすくなるという事実は、静かな説得力を持っています。

『リミットレス』が描いた劇的変化とは別の場所で、私たちの脳はもっと控えめな方法で働きを変え続けています。

未来の自分がどれだけの記憶を抱き締められるか。その輪郭を支えるのは、大げさな薬ではなく、食卓に置かれたひと袋の選択なのかもしれません。

 

参考文献:

Kerkhof L, Mensink RP, Plat J, Nijssen KMR, Joris PJ. Longer-term skin-roasted peanut consumption improves brain vascular function and memory: A randomized, single-blind, controlled crossover trial in healthy older adults. Clin Nutr. Published online November 1, 2025. doi:10.1016/j.clnu.2025.10.020

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。