県全体に「インフルエンザ警報」が発令されました

 

2019年第2週(1月7日~13日)のインフルエンザ流行状況が発表されました。

沖縄県全体の定点あたりの報告数が41.76人となっており、県全体に「警報」が発令されました。(警報基準値は定点あたり30人以上)

県全体では今シーズンで初めて警報基準値を上回っています。

保健所管内別の報告数を見ると、中部保健所、那覇市保健所、南部および八重山保健所管内で警報基準値を上回っていました。

中でも最多だったのが、八重山保健所管内で69.33人となっており、前週の2倍の増加となっています。

外来でもインフルエンザ罹患者が多く受診されました。

特徴的だったのが、先日の成人式に参加した「新成人」の皆さんが、潜伏期間を経て、ちょうど昨日の夜に発熱して受診してくるというパターンが多かったことです。

残念ながら、ほとんどの方が予防接種をしていないという状況でした。

手洗いや咳エチケットのご協力を改めてお願いします。睡眠をよくとって、体のコンディションを整えることも大切です。

 

初ランニング

 

「初日の出」に「初詣」、あるいは「書き初め」。そして、今年最初の「初笑い」など。

新年の最初ですから、何かをすることに「初」という冠をつけることが許されます。

けれども、おそらくそのほとんどが、1月の上旬に限ってのことで、中旬にもなると、あまりそういうことを言わなくなります。普通は。

でも、趣味や凝っているものに関しては、本人としては結構気になるもので

「1月も中旬になっているけれど、まだ『初』をしていない!」

と声高に訴えたりしているものです。

例えば、映画鑑賞が好きな人は「まだ今年に入って映画を観ていない!1本も!」とか

カラオケ好きな人は「この前、やっとカラオケに行けた!『初カラオケ』!」とか。

私の場合、それが「ランニング」でした。

この前の日曜日に、やっと「初ランニング」ができました。

午前中に用事を済ませて、午後2時過ぎ。

この季節の太陽は、すでに傾きかけていて、真夏時の午後4時頃の雰囲気を漂わせていて、ちょうど良い天候でした。

やはり、外を走るのは気持ちが良いですね。

記録を見ると、アウトドア・ランニングは12月16日以来ありませんでした。実に4週間ぶりです。

脚のスタミナがなくなっているのは当然のことでしたので、とにかく楽しく走ることに専念しました。

やっと1年がスタートした感じです。

 

 

ムーチーの日と成人式

 

昨日、日曜日は各地で成人式が行われていたようでした。

太陽が眩しいぐらいの良い天気に恵まれて、新成人にはちょうど良い天気だったでしょう。

そして、昨日は「ムーチーの日」でもありました。

毎年、実家ではたくさんのムーチーを作ります。

今年も元気に過ごせるようにと、早速、家族でチカラ・ムーチーを食べました。

「そう言えば、『ムーチー・ビーサー』なんでしょ、本当は」

今年は、娘の方から言いだしてきました。

トゥンジー・ビーサーと言い、最近はことごとく「○○・ビーサー」に暖かい日が当たるようです。

それでも、成人式にはちょうど良かったのだと、納得していました。

季節が暦通りにならなくても、最近はちょっとのことでは驚かなくなってきました。

 

 

モチベーション・アップの方法

 

年も明けて13日経ちましたが、私はまだ新年の「初ラン」をしていません。

 

SNSのランニング・グループの投稿やGarminユーザーのコネクション仲間のアクティビティログを羨ましく拝見しながら、「雨に濡れて体調を崩したら言い訳ができないしなあ」と自重してきました。

 

天気が悪くなりそうな時には、もっぱらスタッフから譲ってもらったトレッドミルで脚を動かすのみです。

 

室内ですから、雨対策には良いのですが、だんだん飽きてきますし、なかなかモチベーションを保つのが難しい。

 

室内なら室内の工夫があるだろうと、iPadを使って視覚的に訴える方法を試行錯誤してみました。

 

トレッドミル・マシンの前方にiPadを備え付けます。

 

映画を観ながら?

 

これは長い時間の運動に良さそうですが、そうでもありませんでした。

 

とにかく初見の映画はやめた方が良いです。どちらも中途半端になります。運動も映画も明らかに消化不良を起こしてしまいました。

 

お気に入りの映画で何回も観た映画なら?

 

これは良い感じです。

 

「シン・ゴジラ」「ローグ・ワン」「スターウォーズ」etc…

 

映画ではありませんが、宝塚の「エリザベート」や「1789」も良いです。

 

そして、映画より良いコンテンツを見つけました。

 

それは、年末にテレビで放映されたNAHAマラソン総集編です。

 

ランナーの方達へのインタビューや走る姿、沿道の応援の人たちの声援や笑顔…。

 

これを流しながら足を動かすと、モチベーションがグンとアップするのを実感しました。

 

楽しい映像は脳をポジティブに活性化してくれますね。

 

(それにしても、早く「初ラン」したいです。)

 

 

流通してた!

 

「これ見て!すごくない?」

相手の興奮がなかなか共感できずに、幾分冷めた温度差で返事をするしかありませんでした。

「すごいって?なくしたお金が見つかったとか?」

「え?これ見てわからない?」

お恥ずかしながら、解答を教えてもらうまでピンときませんでした。

私にとっては違和感がなかったのです。

「ほら!夏目漱石!旧札だよ!」

そうでした。今は野口英世が千円札の顔でしたね。

野口英世の千円札になったのは2004年のことらしいので、もうかれこれ14年間お世話になっている計算です。

それでも、私の網膜に夏目漱石が違和感なく入り込んできたのは、我ながら面白い現象だと思いました。

私にとってお札は細部で認識するものではなくて、お札の印象というか全体の雰囲気で把握しているものだというのがわかりました。

ただし、単純に面白がっている場合でもありません。

万が一偽札にぶち当たった時に、しっかりと見抜く自信がなくなってしまいました。

 

しかし、夏目漱石の千円札。いまだに普通に流通しているのですね。

 

 

体を冷やさないように

 

さすがに朝は寒いので、起きづらい季節になっています。

 

私は学生時代からシャワー派で、しかも朝にシャワーを浴びることが1日の起動のスイッチになっているので、この頃の季節はなかなかの試練です。

 

何も考えないようにして条件反射的に寝床から体を放り出さなければ、「あと5分」とか、スマホのアラームをセットしなおしたりとか、変なことをやってしまいそうになります。

 

寝ぼけた脳みそはだらしのないことを(言い訳をわざわざ用意して正当化したうえで)実行に移してしまうので、何も考えないようにした方が良いのです。

 

寒くなってくると、自律神経系のバランスが微妙に狂ってくるからでしょうか。

 

気温や湿度に身体が翻弄されているのを感じます。

 

免疫系にも影響が出るようで、ちょっとでも「この頃、寒くなってきた」と思うと、外来ではたちまち、咽頭痛や鼻水、咳の症状の方たちが多く受診してきます。

 

定期の予約の方たちが「今日は珍しく患者さんが多いですね」とびっくりするほどです。

 

冬になって寒くなり、空気が乾燥しているので、風邪の原因となるウイルスがより増殖しやすくなっているというウイルス側の問題と、自律神経系や免疫系に関わってくるヒト側の問題が、ちょうど重なっているのでしょう。

 

「風邪をひくから体を冷やさないように」という昔からの知恵は、当たっているのでしょうね。

 

 

 

 

 

再確認:インフルエンザ罹患に伴う治癒証明書について

 

沖縄県では、以前から「インフルエンザ罹患に伴う治癒証明書」を求めることについて、治癒証明書取得に伴う本人の負担や医療機関の軽減を図るために、治癒証明書を求めることを控えるようにという呼びかけを行なっていました。

その甲斐あって、教育関係者や保護者にはかなり浸透しており、最近では治癒証明書を求めることはほとんどなくなっています。

具体的には、発熱の状況を報告様式に記載することで、治癒証明書の代替として活用するものです。

沖縄県の治癒証明書についての説明と「インフルエンザ経過報告様式」については、こちらのサイトをご覧ください。 

→「インフルエンザ罹患に伴う治癒証明書を求めることについて

沖縄県だけでなく、厚労省も平成30年11月08日時点に「インフルエンザ対策」の「平成30年度インフルエンザQ&A」の中で、治癒証明書や陰性証明書についての資料を公開しています。

 


 

Q.18: インフルエンザにり患した従業員が復帰する際に、職場には治癒証明書や陰性証明書を提出させる必要がありますか?

 診断や治癒の判断は、診察に当たった医師が身体症状や検査結果等を総合して医学的知見に基づいて行うものです。インフルエンザの陰性を証明することが一般的に困難であることや、患者の治療にあたる医療機関に過剰な負担をかける可能性があることから、職場が従業員に対して、治癒証明書や陰性証明書の提出を求めることは望ましくありません。

 

Q.19: 児童のインフルエンザが治ったら、学校には治癒証明書を提出させる必要がありますか?

 「学校において予防すべき感染症の解説〈平成30(2018)年3月発行〉」によると、「診断は、診察に当たった医師が身体症状及び検査結果等を総合して、医学的知見に基づいて行うものであり、学校から特定の検査等の実施を全てに一律に求める必要はない。治癒の判断(治癒証明書)も同様である。」とされています。

 なお、「保育所における感染症対策ガイドライン(2018 年改訂版)」によると、「子どもの症状が回復し、集団生活に支障がないという診断は、身体症状、その他の検査結果等を総合的に勘案し、診察に当たった医師が医学的知見に基づいて行うものです。罹患した子どもが登園を再開する際の取扱いについては、個々の保育所で決めるのではなく、子どもの負担や医療機関の状況も考慮して、市区町村の支援の下、地域の医療機関、地区医師会・都道府県医師会、学校等と協議して決めることが大切になります。この協議の結果、疾患の種類に応じて「意見書(医師が記入)」又は「登園届(保護者が記入)」を保護者から保育所に提出するという取扱いをすることが考えられます。」とされています。


 

詳細は以下のサイトをご覧ください。

「インフルエンザ(総合ページ)」

「インフルエンザ対策」

「インフルエンザQ&A」

沖縄県インフルエンザ流行状況(2019年第1週)

 

沖縄県全体の第1週(平成30年12月31日~平成31年1月6日)における定点あたりのインフルエンザ報告数が、本日発表されました。

日常の外来診療での実際の感覚と同じ結果となっていました。

沖縄県全体で定点あたりの報告数は28.53人。注意報基準値の10人を超えていますので、沖縄県全体として「注意報」が発令となっています。

各保健所別にみると、那覇市が 51.17人、南部が 31.57人、八重山が 33.67人で、警報基準値の30人を超えており、「警報」が発令となりました。

警報レベルに達していなくても、他の全ての保健所管内で「注意報」となっていますから、いよいよ本格的な流行期が到来した印象です。

特に那覇市の場合、前週が15.58人でしたから、ものすごい勢いで感染が広まっている印象です。(図表はNHK沖縄 おきなわHOTeyeから)

すべての人が予防対策を講じることが必要となってきます。

咳エチケットと手洗い。咳が出る方はマスクの着用。

お互いに声をかけあって、予防していきましょう。

 

 

 

 

インフルエンザ注意報発令(那覇市)

 

那覇市は、昨日の1月7日に「インフルエンザ注意報」を発令しました。

注意報発令基準は、定点あたりの報告数が10人を超えた場合です。

沖縄県全体の定点報告数はこれからですが、インフルエンザの流行期を前にして、那覇市は素早い対応をしてくれました。

那覇市は、第52週(平成30年12月24日~12月30日)で定点あたり15.58人となっていました。(図表はNHK沖縄「おきなわHOTeye」から)

「注意報」は流行発生前なら「今後4週間以内に大きな流行が発生する可能性が高いこと」を示しています。

インフルエンザの型別内訳は、A型177人、B型1人、不明(臨床診断)9人となっていました。例年通り、A型の流行と言えそうです。(図表はNHK沖縄「おきなわHOTeye」から)

インフルエンザの予防は、石けんを使った手洗いと咳エチケットです。

インフルエンザの潜伏期間は1~5日間です。

感染予防に十分対策して、備えましょう。

「5つの後悔」

 

少し前に、ブロニー・ウエアさんというアメリカの看護師が、人が死を前にして後悔することをまとめた本を出しました。

『The Top Five Regrets of The Dying』(邦題:死ぬ瞬間の5つの後悔)

おおまかに次の5つなのだそうです。

 

1. I wish I’d had the courage to live a life true to myself, not the life others expected of me.
  他人の意向に沿う人生ではなく、自分に正直に生きればよかった

2. I wish I hadn’t worked so hard.
  あんなに働きすぎなければよかった

3. I wish I’d had the courage to express my feeling.
  思い切って自分の気持ちを伝えればよかった

4. I wish I had stayed in touch with my friends.
  友人と連絡をとりつづければよかった

5. I wish that I had myself be happier.
  もっと自分自身の幸せを求めればよかった

 

この「5つの後悔」は、その土地の文化、価値観などに違いがあり、あるいは時代とともに変化していくものかも知れません。

けれども、「自分」の気持ち、生活、人との関わりに、十分な時間をかけておけばよかったという後悔は、普遍のような気がします。

最後の「もっと自分自身の幸せを求めればよかった」という後悔は、象徴的ですね。

人生とは、それぞれの幸せを求めていくための歩みだと言った方もいました。(幸せの定義は人それぞれかも知れません。)

それを脇に置いて歩んできてしまった、ということなのでしょう。

今から、死を前にした時に「こんな人生を私は生きた」と想像することは、今の生活の在り方を確認するいい機会になるのだと思います。