トランプのトランプ

 

これはアメリカのおみやげにと頂きました。

「やっぱりあったか!」という感じで、製作者の思惑通りに、笑ってしまいました。

「トランプのトランプ」

トランプ大統領のアップの顔写真を中央に据えたデザインは、なんともインパクトがあります。

ポーカーサイズで、しかも「CASINO QUALITY」。

ご丁寧にも「Not affiliated with Trump for President, Inc」という注意書きが添えられていました。

(トランプ大統領と提携していません)

 

カードの裏はトランプ大統領の顔、顔、顔。

そして、表側にはアメリカをはじめとして、世界の政治家たちのデフォルメした姿。

パロディ・カードとしても、だいぶ手の込んだ作りです。

ジョークが効いていますね。

 

なぜアリは人を噛むのか

 

実家で夕食時に、右腕にチクっという痛みが走りました。

瞬間的に「テッ!」と手で払いのけました。条件反射で自己防衛する動きです。

何に刺されたのかと見てみると、そこに小さなアリが皮膚に噛みついたまま、まだしがみついていました。

私はアリをみても目の敵にする人間ではありません。

もちろん、日頃アリをいじめません。アリにとって何者でもないスタンスで生活しています。

噛みついてこなければ、全く彼の存在も知らずに過ごしていたはずです。

「何で噛むんだろう?噛まなければ、共存していたのに」

私を大きな肉のかたまり(つまり食料)と思ったから?

小さく噛み砕いてアリの巣にでも届けようと思ったのでしょうか。

それとも、彼らアリ達にとって攻撃指令のようなものが、私の皮膚から分泌されていたのでしょうか?

「キケン、セマル。コウゲキセヨ」

アリにとって敵になり得るすべての生き物は自分よりも大きいものばかりでしょうから、対象の大きさは攻撃を躊躇するものではないのかも知れません。

むしろ、サイズが違えば違うほど、戦う際の利になっている可能性もあります。

「なぜアリは噛むのか?」

ちらっとGoogle先生に聞いてみても、すっきりとした答えは返ってきませんでした。

きっとどこかで誰かが研究しているテーマだとは思うのですが。

 

 

 
Clker-Free-Vector-ImagesによるPixabayからの画像
 

百寿者に学ぶ

 

テレビをあまり見ない方ですが、たまたま見た映像が印象に残りました。

昨日の敬老の日の特集で、インタビュアーが「長寿のために何をしているか」ということを訊ねた場面です。

その百歳の女性は「カレンダーに日記をつけている」と返答しました。

その方の後ろの壁には大判サイズの壁掛けカレンダーがあって、日を示す数字の下の空欄が3行ほどのメモで埋められていました。

「朝から雨で家の掃除」とか「孫と一緒に買い物」とか。

この1日1日を積み重ねていく行為が、なかなか人が出来ることではないんですよね。

おそらく何十年も、毎日を記録してきたのだと思います。

特別な道具を用意するわけではないのが良いです。

いつも使っているようなカレンダーを利用して、日々を過ごした足跡を残していく。

記録をとるというのは、とても重要なことだと思います。

私たちが慢性疾患を扱う時、患者さんに記録をとるようにお願いします。

血圧手帳や頭痛手帳など、毎日の記録をとることで傾向と対策がとれるようになるからです。

そういう意味でも、この百寿者の女性がしていることは、心身の自己管理に役立っているのではないかと思いました。

良いことは真似をしたいですね。(自分なりにアレンジしながら)

 

 

明(あき)らめる

 

敬老の日ということで、各方面でご活躍されているご高齢の方々の話題があちこちで盛り上がっているようです。

まさに老いを敬うのは「人生の先輩達の知恵を借りる」という意味でも大切にしたいと思います。

「長生きの秘訣は何ですか?」

マイクを向けられたご老人たちが、異口同音におっしゃるのは「くよくよしない」「怒らない」ということですね。

「人生について明(あき)らめる」という言葉を思い出しました。

サイコネフロロジーの第一人者であった故春木繁一先生は、透析患者さんの悲嘆のプロセスの 10 段階目の「あきらめ(受容)」について、こう語っていました。

「あきらめ」は「明らめ」であり、透析を受けなければならない状況を透析患者自身の力をもって明らかにしていく「喪の仕事」である。

「明らめ」とは、具体的には、生かされている境地(生かされているという気持ちを自覚している。周囲に感謝している)のことであり、深く考えずに普通にしている姿勢であり、生きる意志の維持(生きていこうと思い、そのために常に健康維持を行う。)のことです。

私も少しずつですが、「くよくよしない」「怒らない」が、できるようになってきたように思います。

と言うのは、誹謗・中傷の言葉を浴びても、以前のように凹まなくなっている気がするからです。

自分にとってどんなに大事件が目の前に立ちふさがったとしても、今している一息を疎かにして人は生きられない。

その事実が、私を勇気づけています。

百寿者の皆さんの長生きの秘訣に通じるのではないかと、ちょっと思っています。

 

 

心拍数で走ってみる

 

今日は久しぶりに朝ランをしてみました。

日曜日の朝らしく、新都心公園ではたくさんの市民ランナー達がすでに思い思いの格好で走ったりウォーキングしたりしていました。

今朝の天気は最初から雲行きがあやしかったのですが、まあ大丈夫だろうと高を括っていたら、途中から大粒の雨に見舞われました。

「雨の日」は走らないという自分ルールがあるのですが、すでにバイパスを北上していたのでそのまま走り続けます。

今日はラン仲間の練習方法「あえて速度を目標にしないで、心拍数を目安に走る」というアドバイスを取り入れることにしました。

ランニング用のGPSウォッチは、走った距離や速度も測定できます。

その数値だけを追いかけてしまうと、その日の体調次第でキツ過ぎたり、逆に楽になりすぎたりするので、心拍数で運動強度を決めるというのです。

実際にやってみると、良い感じです。いつもと同じランニング・コースなのですが、モチベーションが良い感じであがっていました。

 

 

ボスボロット

 

振り返ってみると、なんとなく忙(せわ)しかった1週間でした。

 

インフルエンザの流行もそうですが、夏休み中に孫の世話で忙しかった女性達が体調を崩して受診されるというケースも多かったような気がします。

 

また、健診の時期も重なっていて、精査や再検査が必要とされた方たちの受診も少なからずみられました。

 

人間と機械は到底比較できるものではありませんが、冷蔵庫や洗濯機の白物家電がちゃんと働いてくれる期間は、だいたい10年と言われています。

 

日進月歩が著しいノートパソコンやスマホなどは、5年前の型を持っているとびっくりされますし、動くアプリも限られてきます。

 

メーカーが販売の回転を早める策を講じているというのもあるでしょうが、人生100年時代とも言われる人間が、(あちこちに多少ガタがきて痛みがあっても)100年近くも長く使えるというのは、もうありがたいの一言しかありません。

 

自分の肉体は、自分を乗せた乗り物ともいえます。(イメージとしては、マジンガーZというよりも相棒のボスボロットの感じです。私の場合。)

 

車でも長持ちさせるようにメンテナンスはしますし、車検は義務です。

 

自分の体をムチャ使いしないで、大切に長持ちするように扱ってみませんか?

休まないといけない時は、勇気をもって休みましょう。

 

 

 

 

発熱時には、かかりつけ医への受診を!(ご協力願い)

 

今日もインフルエンザをはじめとする発熱の患者さんの受診が多い外来でした。

「家族がインフルエンザと診断された3日後に熱が出た」というパターンの方が多く、印象的にはいつものインフルエンザ流行期よりも家族内の感染が多い気がします。

私たちのクリニックでは、発熱の患者さんと一般の外来患者さんとの接触を避けるために、待合室とは隔離された発熱室で待機してもらっているのですが、いつもどなたかが入室している状態です。

私たちのような小さなクリニックでさえこんな状況ですから、いわゆる「大きな病院」では一体どんな状況になっているのだろうと、危機感を感じています。

先週の日曜日には、那覇市立病院の急病センターの待ち時間が6時間以上という告知があったそうです。

地域の救急医療を守るためにも、発熱時にはかかりつけ医への受診のご協力をお願いします。

 

 

インフルエンザ流行状況(2019年第36週)

 

沖縄県にインフルエンザ警報が発令されました。(9月11日発令)

沖縄県全体の定点あたりの報告数は34.10人となり、警報レベルの30人を超えています。

前週が20.31人でしたから、かなり流行の規模が大きいことがわかります。

(グラフでは36週から2019/20年に移行するために、左端の赤い◇でプロットされています。)

 

 

外来でも、今週に入ってインフルエンザに罹患している患者さんが多く受診するようになってきています。

今日などは、発熱の患者さんのほとんどがインフルエンザA型と診断されたほどです。

クリニックの近隣の小学校や中学校では学級閉鎖の対応を余儀なくされているようで、警報レベルの流行の猛威を肌で感じています。

 

 

御覧いただいてわかるように、中部、那覇市、南部保健所管内の定点当たりの報告数が多く、本島内のどの地域も流行しています。

 

毎週の「インフルエンザ流行状況」の報告書のトップには、こんな文章があります。

 

~インフルエンザに、うつらず・うつさず・(救急医療機関を)つぶさない~

救急医療機関に患者が集中すると、緊急を要する患者さんの対応が遅れてしまうことがあります。症状があると感じたら、早めにかかりつけ医へ相談し、受診してください(重症化の症状があったときは、すぐ受診)。

 

皆さまのご協力をよろしくお願いいたします。

 

 

スタジオパフォ第1回公演「Crossroad ! 〜カナの島から〜」

 

9月8日(日)に、スタジオ パフォ第1回公演ミュージカル「Crossroad!~カナの島から~」を観てきました。

まず率直に面白かったです。休憩をはさんだ約2時間の舞台も、あっという間に過ぎてしまいました。

このミュージカルの特徴は、まず沖縄生まれであること。全編オリジナルの楽曲と振り付けで埋め尽くされています。

プロットは、沖縄を意識したものでしたが、そこに無理やり史実を入れ込むのではなく、あくまでもファンタジーとして描き切っていました。

パンフレットから、ストーリーの紹介です。

✳︎

未来に希望を持てないフリーターの一郎は自分探しの旅へと出発するが、ひょんなことから時空を超えて不思議な島に迷い込んでしまう。そこで出会ったのは歌や踊りと共に生きる人達。しかし平和だった島に突如として忍び寄る戦の影…。それぞれの思いが交錯し絡み合う中、一郎は何を思うのか。笑いあり涙ありのヒストリカルファンタジー。

✳︎

たとえば、ここにある「歌や踊りと共に生きる人達」という一文は、言葉にすれば容易ですが、それを自然に観客にわかりやすく伝えるのは容易なことではありません。

それが舞台のうえで表現された時、いっそう明るく華やかに映ります。観る者は自然と笑みがこぼれてきます。

このミュージカルでは「歌や踊りと共に生きる人達」という群衆が、時に楽しく笑い、膨張し、時に反目し合い、時に悲しみ、縮み込み、大きなうねりとなってまるで一個の人格を形成しているかのようでした。

その集合体の中で、一人ひとりにキャラが立っているのが印象的でした。

もちろん、ゲストで出演されたカナ役の和田清香さんには「さすが~」とずっと唸っていました。(本土でご活躍されている方です。いっぺんにファンになりました。これからも応援したいと思います。)

ストーリーも、あえて終盤にかけて切羽詰まった状況に追い込みながら、どうやって回収するのだろうと息苦しくなってきたところに、用意周到に張っていた伏線(バスコ役がまた素晴らしい!)がはまっていました。

それから、もうひとつ!

このミュージカルは、音楽はキーボードやシンセサイザーなどの生バンドの演奏だったのですが、舞台と一体化していて安定感がありました。

指揮者の玉城百合香さんのダンスのような指揮ぶりに感動していましたが、突然トランペットを吹くのには思わずのけぞっていました(笑)

 

 

認知のかたより

 

「バランスのある考え方」というのは、自分の心を守るためにとても大切なことです。

どんなストレス反応が起きているのかを洞察するときに、この「考え方のアンバランスさ」(認知のかたより)のパターンに当てはめて観察してみることは、理解の手助けになります。

下にリストを挙げてみます。(厚生労働省サイト「心の健康」認知行動療法「患者さんのための資料」より)

詳しくはこちらのサイト → 厚生労働省 心の健康

 

認知のかたより(アンバランス)

1)感情的きめつけ

証拠もないのにネガティブな結論を引き出しやすいこと
「○○に違いない」

例:取引先から一日連絡がない → 「嫌われた」と思いこむ

2)選択的注目 (こころの色眼鏡)

良いこともたくさん起こっているのに,ささいなネガティブなことに注意が向く

3)過度の一般化

わずかな出来事から広範囲のことを結論づけてしまう

例:一つうまくいかないと、「自分は何一つ仕事が出来ない」と考える

4)拡大解釈と過小評価

自分がしてしまった失敗など、都合の悪いことは大きく,反対に良くできていることは小さく考える

5)自己非難(個人化)

本来自分に関係のない出来事まで自分のせいに考えたり、原因を必要以上に自分に関連づけて、自分を責める

6)“0か100か”思考(白黒思考・完璧主義)

白黒つけないと気がすまない、非効率なまで完璧を求める

例:取引は成立したのに、期待の値段ではなかった、と自分を責める

7)自分で実現してしまう予言

否定的な予測をして行動を制限し、その結果失敗する。そうして、否定的な予測をますます信じ込むという悪循環。

例:「誰も声をかけてくれないだろう」と引っこみ思案になって、ますます声をかけてもらえなくなる

 

 

リストにあげたこれらの思考パターンは、現実を不正確に認識させてしまいます。そして、負の感情をその人に強く植え付けてしまうことになります。