そこにあることを楽しむ

 

漫画家の弘兼憲史さんがこんなことをおっしゃっていました。

 

「楽しいことを探すから見つからない。そこにあることを楽しむ。この逆転の発想が、人生のコツ。」

 

楽しく生きよう!という呼びかけに、「楽しいことがないのに」と反論してくる方たちへのメッセージですね。

 

楽しいことがないから楽しめない、ではなくて、そこにあること、することを楽しみましょうということです。

 

確かに、私の周りにはいつもニコニコしていて楽しそうにしている人が何人もいます。

 

もちろん生活するということは、いろいろと面倒くさいこともあるでしょうし、つらいことや難儀なこともあるのが普通です。

 

生活そのものを暗一色で塗りつぶさずに、生活すること自体を楽しんでいます。

 

そういう人たちの特徴は、とにかく笑っています。

 

だから、私もそういう人たちとお話をするのが、大好きなのです。

 

 

 

 

望めば身近であること

 

高校生、大学生の時に、ちょっと背伸びをして聞きかじっていたジャズに、最近再びはまっています。

「Kam’s House」「PINO’S PLACE」「寓話」など、那覇のいくつかのライブハウスに顔をのぞかせては(本人なりに)かっこつけて聞くのが好きでした。

学生の身分ですから常連さんになりようもなく、学業の合間に癒やしを求めて聴きに行く程度です。

もちろん、玄人が好むようなジャズの聞き方など知りようもなく、「かっこいい」と思う感性だけを頼りに聞いていました。

今の世の中がすごいのは、Apple MusicやAmazonのPrime Musicなど、月々の料金を支払えば(リストにあれば)聴き放題できるプランが存在することですね。

例えば、昔は「ジョン・スコフィールドのギターが聴きたい」と思っても、レコード店に行くか、(したことはありませんが)ジャズを流しているラジオにリクエストするしかなかったのですが、今はネットにつないで検索すれば、その場で聴くことができます。

さらにはYouTubeで、演奏している姿を動画で見ることもできます。

私などが言うのもおこがましいのですが、これはとても画期的なことですね。

音楽の世界に限らず、一流の人の実演を身近に見たり聞いたりすることができるというのは、言葉にできないほど幸福なことです。

そういう過渡期の時代に、生まれてきてよかったと思います。

望んでも手に入らなかった時代と、望めば身近にすることができる時代を、両方経験することができたのは、幸運です。

 

 

 

 

第1回いとまん平和トリムマラソン

 

今日は「第1回いとまん平和トリムマラソン」に参加してきました。

ゲスト・スターターは具志堅用高さんで、参加者から大きな拍手で歓迎されていました。

具志堅さんの人柄なのでしょうね。スタート前に設置された仮設ステージに登壇しただけで、その場の雰囲気が明るくなりました。

「選手のみなさん、今日は素晴らしい天気です!全員が、ゴールを、完走をすることを願っています。糸満を楽しんでいただきたいと思います!

私は、もちろん!(間を開けて)走りません!(笑いがおこる)

皆さんの応援にまわります。ゴールで待ってます!頑張ってください!」

具志堅さんがおっしゃった通りに、良すぎるぐらいの天気で、熱中症が心配なほどだったのですが、給水所のみなさんも適切に対応してくれて、助かりました。

それはそうですね。第1回ということですが、30回続いた「なんぶトリムマラソン」が前身ですから、競技運営のノウハウは手慣れたものです。

緑豊かで、糸満らしく起伏に富んだコースで、十分に楽しめました。

練習ができない状態でしたから、おそらく明日には筋肉痛が待っているのだと覚悟しています(笑)。

 

 

 

DNS or S ?

 

走る前から言い訳っていうのもなんとも格好悪いのですが、まったく準備をしないで参加するのは初めてのことです。

 

明日開催される「第1回いとまん平和トリムマラソン」。

 

「第1回」ということもあって、きっと記念になるからと3月の多忙さを半分無視して「とりあえず…」と申し込んでおいたものでした。

 

実は昨日の夕方まで参加をとりやめる、「DNS(Do Not Start)」しようと思っていたのですが、大会を楽しむつもりで参加するのもありかもなあと考え直したものです。

 

昨日と今日の外来でも、「日曜日のマラソンに出る」と報告してくる患者さんが何人かいて、そういうことも背中を押してくれる要因になりました。

 

 

トリムマラソンですから制限時間などもゆるいのだろうと思っていましたが、尚巴志(3時間15分)やあやはし(2時間50分)とあまり変わらない3時間でした。

 

なんとか制限時間にひっかからないように、無理せずに楽しく走ってきたいと思います。

 

 

趣味を持ちたい

 

左足の小指をケガしたというのを言い訳にして、実は「月間100Kmラン」が、先の1月で途絶えてしまっていました。

 

2年前の2017年10月から、NAHAマラソンに参加しようと思って始めたジョギングだったのですが、いつしか「1か月に100Kmを走破する!」というのが私の密かな目標になっていて、達成することでささやかな喜びを感じていたのでした。

 

連続記録は途絶えてしまいましたが、16か月間は続けたことになります。

 

ふくらはぎを傷めた時も、痛くないフォームを模索しながら、スロージョギングで距離をかせいで、なんとか記録を更新させていました。

 

大きな筋肉などの痛みは、骨盤や大転子を意識したり、体幹の動きをチェックすることで走ることができたのですが、小指はダメでした。

 

例えて言うなら、シューズの中に小石が入ったら気になってまともに走れなくなる…。

 

あれと同じ感覚?

 

いや、それよりも、いい歳をしたおとなの男性が、ほんの足の親指だけの痛風で、一歩も動けなくなる…。(経験したことがある方はわかりますよね?)

 

そう、この例えの方がぴったりですね。

 

親指と小指の違いはありますが、痛みをかばってぴょこんぴょこんとバランスの悪い走りになってしまって、まったくダメでした。

 

「これは天が私に休めと言っているに違いない」

 

そう勝手にポジティブ解釈して、記録をあきらめることにしました。

 

それと同時に、走ること以外の趣味を見つけなきゃと思いました。

 

これから10年、20年と続けられる趣味のことです。

 

シシィの父親マックスが「人生は短すぎて退屈しているひまなどない」と言ったように、趣味の源泉は好奇心だと思います。

 

どんな時でも、好奇心を持った大人であるために。

 

 

 

沖縄県のインフルエンザ流行状況(2019年第10週)

 

先週、ようやく沖縄県全体の「インフルエンザ警報」の解除の発表がされました。

ただし、那覇市と南部保健所管内では解除レベルに達していませんでしたので、地域によっては引き続き警報が発令中でした。

今週、3月13日付の「インフルエンザ流行状況」では、定点あたりの報告数がさらに減少している状況です。

 

 

そして、これは良い知らせですね。沖縄県の全保健所管内で警報解除レベルに達し、すべての地域で警報が解除されています。

 

 

事実、外来で発熱患者さんたちにインフルエンザ抗原検査を行っても、今週はほとんど陰性になることが多いです。

インフルエンザよりも、むしろ胃腸炎症状をひきおこすウイルス性感染症が流行している印象です。

「こまめに手洗い」は、どんなときでも基本になってきます。

声をかけあって、手洗いをしていきましょう。

 

 

処世(?)の方法

 

例によって夏目漱石のほとんどの作品は青空文庫で読むことができます。

作品の出だしの文章は、リズム感の良さや作品全体にかかる期待感など、どれも印象的で、いつの間にか諳んじてしまうほどです。

有名どころでは「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」(吾輩は猫である)

「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。」(坊っちゃん)

「私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。」(こころ)

そして、私の斜めを向いた性格にマッチしているのが、「草枕」の最初の3、4段落の文章です。

青空文庫はこちら ⇢ 「草枕」

「山路を登りながら、こう考えた。

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。」

 

「人生のあらゆる問題は、対人関係の問題である。」と言い切ったのは、確かアドラーでしたね。

外来でも「悩みがあって眠れない。」という方の「悩み」を聞かせていただくと、本質まで削ぎ落とせば人間関係にいきつくことがほとんどです。

けれども、だからと言って、人間は無人島で独りで長くは暮らしていけない「社会動物」です。社会とのつながりを本質的に求めて生きているものです。

悩みのモトなんだけれども、対人関係を簡単に捨て去ることができないのですね。(それができれば苦労しません。)

一時期、「鈍感力」という言葉も流行りました。

 

 世の中は 左様 しからば ごもっとも

  そうでござるか しかと存ぜぬ

 

苦手な人とのつき合いはこの川柳(?)のように流しておいて、とにかく最優先で自分の心と体を大事にすること。

「休むこと」ができなくて、練習が必要なように、自分をいたわることも練習が必要です。

自分の体に向けて微笑んでみてください。

それを基本姿勢にしたのが、私なりにアレンジした「マインドフルネス」です。

 

 

 

インフルエンザ警報が解除されました

 

先週の3月6日付の沖縄県のインフルエンザ流行状況で「インフルエンザ警報」が解除されました。

 

沖縄県全体の定点あたりの報告数が9.72人となって、解除レベルの10人を下回ったことによるものです。

 

 

沖縄県全体でみると「警報」解除となったものの、依然として那覇市と南部保健所管内で警報基準値を上回っていますから、まだまだ油断はならない状況であることは変わりはありません。

 

 

しかし、上のグラフでもわかるように、急速に流行がおさまっている印象があり、卒業・入学など人の出入りが激しくなってくる春に向けて、少しほっとしているところです。

 

 

 

最近の外来では、インフルエンザウイルスが原因ではない、悪寒・発熱、関節痛などの症状が出現する、いわゆるインフルエンザ様感冒が流行している印象があります。

 

「咳や鼻水もないし、体のフシブシが痛いのと発熱だけだから、てっきりインフルエンザだと思った」と言って受診してくる患者さんが多いのですが、インフルエンザ抗原検査では陰性で、もちろんインフルエンザ感染者との接触もありませんし、「インフルエンザ様感冒」としか言いようがないのです。

 

幸いに、罹病期間は短く、重症感もないのが救いです。

 

どちらにせよ、手洗いと咳エチケットは必要です。

 

流行がぶり返してしまわないように、予防を徹底していきましょう。

 

 

 

 

今日の日に思うこと

 

8年前の今日の日のことが、はっきりと思い起こされます。

 

私の家族にとっては、長女の中学の卒業式の日でした。

 

家族でお祝いを兼ねた昼の外食が済んで、車に乗り込み家路につこうかという時に、末の娘から電話がありました。

 

「テレビで大変なことになっている!」

 

車のテレビモニターをつけると、信じられない映像と情報が映し出されていました。

 

今思えばその映像はテレビカメラが設置された範囲の一部の光景でしかなく、その日から徐々に明らかにされてきた被害状況に、沖縄にいても常に胸を痛めることになりました。

 

8年経ちましたが、決して元にもどらない現実が、やはり胸を痛めます。

 

毎年「私に何ができるか」を自問しながら、今日の日に向かい合いたいと思っています。

 

 

 

第37回沖縄県人工透析研究会

 

今日は第37回沖縄県人工透析研究会が開催されます。

私がこの大会の会長をさせていただいたのが、まるで昨日のことのように鮮明なのですが、早いものでもう1年が経つのですね。

 

今回は、たいようのクリニック院長の宮平健先生が大会長を担ってくれます。

メインテーマは「糖尿病からの透析導入阻止を目指して」

宮平先生らしい熱くて直球の大会になるのではないかと期待しています。

 

 

興味深いのは「大会長企画シンポジウム」として、「災害時」の透析医療について取り上げていることです。

一般演題をみても、災害時マニュアルの見直しや、昨年の台風24号の際の長時間停電を経験した医療施設、あるいは支援する側にまわった医療施設の演題など、災害対策への関心が高まっていることを痛感しています。

今回の大会は透析施設間の連携を密にする重要なきっかけとなる大会となる気がします。