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  • 1月, 土, 2025
アルコールと健康リスク

 

アルコールは長く「健康に良い」と信じられてきました。特に赤ワインは心臓によいイメージをもたれ、少量の飲酒が体に良いという説も広がっていました。しかし、近年の研究や国際機関の見解によると、その考え方は変わりつつあります。たとえば世界保健機関(WHO)は2020年、アルコールをアスベストやタバコと同じ「クラス1の発がん性物質」に分類しました。さらに医学誌『ランセット』が2018年にまとめた大規模調査では、「どの種類のアルコールにも健康上のメリットは確認されない」とされています。

 

一部の医師たちは「安全な飲酒量は存在しない」と考え、アメリカ公衆衛生局長はアルコールラベルへの「がん警告」表示を提案しています。一方で、アメリカの医師のおよそ3分の1は「週1~3杯程度であれば安全」と見なしているという調査結果もあり、医学の現場では意見が分かれています。医師自身の行動を見ても、過去1年で飲酒量を減らした人は約60%にのぼりますが、その理由の約49%が「アルコールの健康リスクへの懸念」でした。とはいえ、医師たちの飲酒率自体は一般の人々と大差がないと報告されています。

 

病院や学会のイベントでもアルコールが提供されることは多いのですが、最近はノンアルコール飲料の選択肢も増えました。このような変化の背景には、「ドライ・ジャニュアリー (Dry January)」と呼ばれる、1月に飲酒を控える取り組みが広まっていることがあります。1月に限らず、日頃からアルコールの摂取量を減らすことで、体調管理が容易になるだけでなく、健康意識の向上にも繋がると言われています。アイルランドでは、アルコール製品への発がん性警告表示が義務化されるなど、世界的に飲酒習慣を見直す動きが広がっています。

 

アメリカの「2020-2025年食事ガイドライン」では、男性は1日2杯以下、女性は1日1杯以下といった節度ある飲酒を推奨しています。ただし心臓専門医のマイケル・ファルクー医師は「できるだけ飲まない方が望ましい」と述べ、患者への指導にも反映しているそうです。一方で、ニューヨークの家庭医ナビア・マイソール医師は「楽しみ方の一部として飲むのであれば問題は少ない」とし、ノンアルコール飲料への切り替えを提案しています。

 

社会的な場面ではアルコールが円滑なコミュニケーションの要素として扱われることも事実です。とはいえ、ノンアルコールカクテルや他の集まり方を工夫すれば、健康を損なうリスクを避けながら人と楽しく交流できます。アルコールがかつて「健康を支える飲み物」と見なされた時代から、「リスクが否定できない飲料」と再評価される現在、飲む量や付き合い方を見直す大切さが再認識されているといえます。

 

「ドライ・ジャニュアリー」という言葉が示すように、一時的に飲酒を控える習慣が心身の変化や意識改革のきっかけになるかもしれません。少量でもリスクが否定できないのなら、一度アルコールとの距離感を考えてみる意義はあるといえます。飲み方を含むライフスタイルの調整が、健康だけではなく、広い意味で社会の価値観を変える力になると期待されています。

 

参考文献:

Burton R, Sheron N. No level of alcohol consumption improves health. Lancet. 2018;392(10152):987-988. doi:10.1016/S0140-6736(18)31571-X

 

  • 1月, 金, 2025
慢性腎疾患と血圧管理:「120mmHg未満」は理想的か?

 

慢性腎疾患(CKD)を抱える人にとって、血圧管理は健康維持の要です。しかし、近年、従来の血圧目標値を見直す動きが出てきています。従来は「140mmHg未満」を目標としていましたが、近年発表された研究では、「120mmHg未満」を目指す集中的な管理の効果とリスクが検証されました。その結果は、CKD患者の血圧管理に新たな視点をもたらすものとなっています。

CKDと高血圧は密接な関係にあります。日本では推計1,300万人以上がCKDを有するとされており(日本腎臓学会調べ)、その予備軍を含めるとさらに多くの方が腎機能の低下に直面しています。腎臓は血液をろ過し老廃物を排出する役割を担っていますが、高血圧が持続すると腎臓に過度の負担がかかりやすくなることが指摘されています。そのため、適切な血圧管理はCKD患者にとって非常に重要です。

今回注目された研究は、アメリカ退役軍人健康局(VHA)と南カリフォルニアのカイザーパーマネンテ(Kaiser Permanente Southern California、KPSC)という2つの医療システムから得られた99,921人のCKD患者のデータを分析したものです。この研究では、集中的な血圧管理(120mmHg未満)を行うことで、心血管イベント(心筋梗塞や脳卒中など)の発生率が低下することが示されました。VHAでは4年間で5.1%、KPSCでは3.0%の低下が見られました。また、死亡リスクもVHAで2.8%、KPSCで2.3%ほど低下しました。これらの結果は、より厳密に血圧を管理することで、CKD患者の心血管系に良い影響が得られる可能性を示唆しています。

しかし、集中的な血圧管理はリスクも伴うことが明らかになりました。集中的な管理を受けた群では、有害事象(副作用)の発生率が増加しました。VHAでは1.3%、KPSCでは3.1%の増加が見られました。主な有害事象としては、低血圧によるめまいや転倒、急性腎障害などが挙げられます。特に、eGFR(推算糸球体ろ過量)が30未満の重度CKD患者では、急性冠症候群や認知機能障害のリスクが高まる可能性が示されています。つまり、一律に「120mmHg未満」を目標とするアプローチは、必ずしもすべてのCKD患者に最適とは限らないということです。

 

個別化治療が鍵

CKD患者一人ひとりの状態に合わせて、治療方針を決定することが重要です。研究データによると、心血管イベントを1件防ぐためには約20人が厳密な血圧管理を受ける必要がありますが、同時に1人が有害事象を経験する可能性もあります。医師と患者がこれらの情報を共有し、患者が受け取る利益とリスクのバランスを考慮しながら、目標とする血圧値を決定していくことが望ましいと考えられます。

結論として、CKD患者にとって厳密な血圧管理は多くの恩恵をもたらす一方、リスクも含む選択肢であるといえます。腎機能や年齢、併存症の有無など、個々の状況に合わせた治療計画が重要です。血圧を「120mmHg未満」にするかどうかは、患者ごとに慎重に判断する必要があります。専門医に相談することで、より安全かつ効果的なアプローチを見つけることができるでしょう。血圧管理を徹底することで、CKDと上手に付き合いながら健康を保つ道が開けるかもしれません。

 

参考文献:

Kurella Tamura M, Huang M, An J, et al. SPRINT Treatment Among Adults With Chronic Kidney Disease From 2 Large Health Care Systems. JAMA Netw Open. 2025;8(1):e2453458. doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.53458

 

 

  • 1月, 木, 2025
慢性腎臓病とスタチン:知っておきたいこと

 

慢性腎臓病(CKD)は、腎臓の機能が徐々に低下し、体内の老廃物を十分に排出できなくなる疾患です。近年、患者数が増加傾向にあり、国民の健康を脅かす深刻な問題となっています。実はCKDの方は、心臓病や脳卒中などの心血管疾患のリスクが高いことが知られており、その予防策の一つとして「スタチン」というコレステロール低下薬の使用が推奨されています。

しかし、アメリカの国民健康・栄養調査(NHANES)のデータを用いた研究によると、CKD患者さんに対するスタチンの使用状況は、ガイドラインで推奨されているほどには広がっていない現状が明らかになりました。

この研究では、50歳以上で心血管疾患の既往がないCKD患者さんを対象に、2001~2002年から2017~2020年までのスタチン使用率を分析しました。その結果、2001~2002年の約18.6%から2007~2008年には36.1%に倍増し、2013年ごろには40%前後にまで増加したものの、その後はほぼ横ばい状態が続いていることが分かりました。75歳以上の方では13.4%から47.7%へとより大きく増加していましたが、いずれにしても半数以上の方がスタチンを使用していない状況です。

なぜスタチン使用率は伸び悩んでいるのでしょうか?この研究はアメリカの事情を反映しているのですが、考えられる理由の一つに、保険の問題があります。研究では、保険に加入している方のスタチン使用率が、無保険の方より約2.48倍高いという結果が示されています。また、CKDに高血圧や糖尿病を合併している場合はスタチン処方を受けやすく、高血圧を合併している場合は1.49倍、糖尿病を合併している場合は1.71倍の比率で使用率が上昇することも明らかになりました。一方、人種や性別による差は顕著ではなく、経済状況や合併症の有無といった要因がスタチン使用に大きく影響しているようです。

その他にも、スタチン使用率の低迷には、患者側の要因と医師側の要因が考えられます。

患者側の要因

    * スタチンの効果や副作用に関する知識不足

    * 薬剤費用の負担

    * 副作用に対する不安

医師側の要因:

    * 多忙によるガイドラインの未把握

    * 複数のガイドラインの混在による混乱

    * 副作用を懸念した処方への躊躇

 

CKDとスタチンが注目される理由は、CKD患者さんが心血管疾患を起こすリスクが高いことにあります。CKDは心臓病や脳卒中などを引き起こすリスクを高め、心血管疾患がCKD患者の死因の多くを占めるという報告もあります。スタチンは悪玉コレステロールを低下させることで、これらのリスクを抑制する効果が期待できます。2013年にKDIGOガイドラインが「50歳以上のCKD患者さんにはスタチンを推奨」と明言したにもかかわらず、使用率が伸び悩んでいる現状は深刻です。

CKD患者さんが将来の心血管リスクを下げるためには、医師とよく相談し、スタチンを含む治療選択肢を検討することが重要です。腎臓だけでなく心臓や血管の健康にも目を向けることが、CKD患者さんがより長く快適に暮らす秘訣と言えるでしょう。

今回の研究結果はアメリカのデータですが、日本でもCKD患者さんは少なくありません。もし健康診断などで「腎臓が少し悪いですね」と言われたら、コレステロール管理も含めた予防策について、早めに医師に相談することをお勧めします。より多くのCKD患者さんに適切な治療と情報が行き渡り、心臓や血管のトラブルから解放される道が開けることを期待したいところです。

 

参考文献:

Iyalomhe OE, Don Nalin Samandika Saparamadu AA, Alexander GC. Use of Statins for Primary Prevention Among Individuals with CKD in the United States: A Cross-Sectional, Time-Trend Analysis. Am J Kidney Dis. Published online December 30, 2024. doi:10.1053/j.ajkd.2024.11.003

 

   

  • 1月, 水, 2025
毎日たった30分の有酸素運動が体を変えてくれる

 

運動は毎日やればそりゃあ効果があるだろうなというのはなんとなくわかるのですが、運動習慣のない人間が知りたいのは、『効果の出る最低限の運動量』ですよね?

そう思う方にとって朗報になるかも知れません。最近の研究では、たとえ週に30分程度でも、コツコツと継続することで体重やウエスト周囲径(腹囲)が減り、体脂肪率までも下げられる可能性が示されています。実際、116のランダム化臨床試験をまとめたメタ解析によると、計6880人(平均46歳、うち61%が女性)を対象に、少なくとも8週間以上の有酸素運動を行ってもらい、その結果を分析したところ、週あたりの運動時間が30分増えるごとに体重は約0.52kg、ウエスト周囲径は約0.56cm、体脂肪率は0.37%ほど減少するという数値が示されました。さらに内臓脂肪では平均1.60cm²、皮下脂肪では1.37cm²という減り幅が見られたとのことです。

週150分以上の中等度から高強度の有酸素運動に取り組んだ場合は、体重や腹囲に「臨床的に意味のある」変化が見込まれるとも報告されています。たとえば、1日40~60分を週5日程度行う計算になる「週300分」ほどの運動量で、体重は最大4kg前後、ウエストなら約5cmの減少が期待されるというデータです。もっとも、いきなり毎日長時間の運動を続けるのはハードルが高いかもしれません。まずは1日20~30分を目指し、慣れてきたら徐々に増やしてみるといった方法も良さそうです。

また、週8~12週間のように短期間集中的に運動を続けると、やや効果が高くなるという傾向がある一方、半年以上の長期になると一時期ほどの変化が得にくいケースもありました。逆に言えば、短期集中と長期継続をうまく組み合わせてモチベーションを保つのが大切だと考えられます。

さらに注目されるのが、有酸素運動を行うと気分が前向きになり、日常生活でも疲れにくくなるなど、生活の質(QOL)の改善に寄与する可能性があることです。食生活や喫煙習慣なども合わせて見直すと、より効果的とも考えられます。ただし、ウォーキングやジョギングなどは膝・足首などに負担がかかるため、関節や筋肉の違和感を覚えた場合には休息をとったり、運動方法を変更したりするなど、無理のない範囲で取り組むのが望ましいでしょう。

まとめると、「週あたり30分の運動でも効果はある」「150分以上でさらに顕著」「300分ほどなら大きな変化に近づく」という指標が見えてきます。何よりも大切なのは、少しずつでも継続して運動量を積み重ねることです。たった30分のウォーキングからでも、思わぬ好影響が期待できるかもしれません。忙しい日々の中でも、まずは“最低限の運動量”を意識して、新しい一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

 

参考文献:

Jayedi A, Soltani S, Emadi A, Zargar M, Najafi A. Aerobic Exercise and Weight Loss in Adults: A Systematic Review and Dose-Response Meta-Analysis. JAMA Netw Open. 2024;7(12):e2452185. doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.52185

              

   

  

  • 1月, 火, 2025
猫は液体!?狭いところを通り抜ける能力

 

猫は、狭い隙間や箱に入りたがる習性で知られています。その柔軟性を持つ体は、「猫は液体だ」というジョークを生み出すほどです。

その驚異的な柔軟性と、まるで身体のサイズを把握しているかのような動きは、多くの人の好奇心を刺激してきました。この猫の不思議な能力を科学的に解明しようと、ある研究が行われました。

 

実験方法

この研究には、飼い猫30匹が参加し、飼い主の協力のもと、自宅で実験が行われました。実験では、猫たちに2種類のパネルが用意されました。1つ目は幅が一定で高さが徐々に低くなるパネル、もう1つは高さが一定で幅が狭くなるパネルです。それぞれのパネルには、猫が通過できる開口部が5段階のサイズで用意され、最大の開口部から徐々に狭く、または低くすることで、猫にとって最終的には非常に困難なサイズになるように設定されました。

 

実験では、飼い主が猫を呼び、パネルの向こう側へ通過するように促しました。この時、猫がどのように開口部を通過するか、ためらう素振りを見せるか、あるいはジャンプするなど別の方法をとるかなど、猫の行動が詳細に観察・記録されました。

 

高さの変化する開口部での猫の行動

高さが低くなるにつれて、猫は通過をためらう様子を見せるようになり、特に最後の2段階では、多くの猫がためらい、あるいはジャンプなどの方法で開口部を乗り越えようとする行動が見られました。 また、体の大きな猫ほど、ジャンプなどの代替行動を選ぶ傾向が強くなりました。

 

幅の変化する開口部での猫の行動

一方、幅が狭くなる開口部では、ほとんどの猫がためらうことなく通過しました。これは、猫の体が非常に柔軟で、狭い隙間を通り抜けるのに適した骨格構造をしているためと考えられます。

 

猫の身体認識能力

この研究は、猫が置かれた状況に応じて、自身の身体サイズをどのように認識し、行動を変化させているのかを明らかにしました。高さの低い開口部では、猫は自身の体高を認識し、通過が難しいと判断した場合には、ジャンプなどの行動をとるなど、状況に合わせて行動を調整していることが分かりました。一方、幅の狭い開口部では、猫は自身の体の柔軟性を活かして、ためらうことなく通過する傾向が見られました。

 

具体的には、幅がわずか5cmの通路であっても、猫は問題なく通過することができました。しかし、高さが20cm以下の開口部になると、多くの猫がためらいを見せるという結果になりました。このことから、猫は周囲の環境を認識し、自身の身体能力と照らし合わせて、最適な行動を選択する高度な認知能力を持っていると考えられます。

 

猫の驚異的な柔軟性の秘密

猫の体は、肩甲骨が浮動している、いわゆる「鎖骨がない」状態であるため、非常に柔軟な動きが可能です。この構造により、狭い隙間を通り抜けたり、高い場所に飛び上がったりすることが容易になっています。さらに、猫のひげ(「ビブラッサ」)は、周囲の状況を感知するセンサーとしての役割を果たし、暗い場所や狭い通路でも安全に移動することができます。

 

研究結果から見えてくる猫の世界

この研究を通して、猫が狭い通路をどのように通り抜けるのか、その背景にある体の柔軟性や環境適応能力、そして高度な認知能力が明らかになりました。猫の行動は、長年の進化の中で培われた能力の賜物であり、私たちが何気なく見ている猫の仕草一つ一つに、実は科学的な根拠が隠されているようです。

 

参考文献:

Pongrácz P. Cats are (almost) liquid!-Cats selectively rely on body size awareness when negotiating short openings. iScience. 2024;27(10):110799. Published 2024 Sep 17. doi:10.1016/j.isci.2024.110799

 

 

  • 1月, 月, 2025
透析患者の慢性疼痛に対するコーチング型プログラムの効果

 

血液透析を受けている方々のなかには、慢性的な痛みに悩まされる人が少なくありません。痛みへの対処が限られがちな腎臓病の世界で、どのような方法が役立つのかを考えた研究が、「痛みコーピングスキルトレーニング(PCST:Pain Coping Skills Training)」に着目しました。

アメリカ各地の16の学術センターと103の透析施設で集められた643人を対象に、319人がPCSTを、残りの324人が通常のケアを受けました。平均年齢は60.3歳で、女性は全体の約44.8%、糖尿病を合併している方は約6割でした。

 

PCSTは、12週間のコーチ主導型セッションが基本です。毎週1回の電話やビデオ会議を使い、1回あたり45~50分ほどかけて痛みに対処する「考え方」や「行動のコツ」を学びます。その後さらに12週間、自動音声応答(IVR)で日々の状態を振り返りながら練習を続けました。一方、通常ケアのグループには研究による追加の痛み対策は行わず、普段の通院で処方される薬やリハビリなどを続けてもらいました。

 

効果をみるため、痛みによる日常生活の障害度合いを数値化できる指標「BPIインターフェレンス」を使いました。この指標は、痛みのためにどれだけ日常生活に支障をきたしているかを測るもので、点数が高いほど、痛みのせいで動きにくい、気分が落ち込みがちといった支障が大きいことを示します。

12週間後に測定したところ、PCSTを受けたグループではスコアの改善がより大きく、両グループの差は0.49ポイントでした(マイナスが大きいほど痛みによる妨害が軽減)。同じ評価を24週後に行うと、依然として0.48ポイントの差が見られました。しかし、36週後では0.34ポイントとやや差が縮まったため、長期的なケアの形を考える必要があると考えられます。

 

 

さらに、BPIインターフェレンスが1ポイント以上改善した人の割合は、PCST群で50.9%、通常ケア群で36.6%でした。痛みの強さや気分に関わる指標(うつ、不安、生活の質など)でもPCSTが有効であることが示されました。これらの結果から、電話やビデオを使ったコーチング形式の非薬物療法は、透析患者の生活をより楽にできる選択肢の一つといえます。

 

薬を使う場合には副作用が心配になることが多いですが、PCSTのような認知行動療法は大きなリスクが少なく、長期的にも続けやすいという利点があります。痛みで日常が制限されがちな状況に対して、このようなアプローチを取り入れることは、生活の質を高めるうえで有望です。

研究チームは今後の導入コストや現場での実施体制などにも着目しており、透析患者におけるケアの幅が広がる可能性があります。痛みをうまく乗り越えられれば、透析と共存する日々がより穏やかになるでしょう。

 

参考文献:

Dember LM, Hsu JY, Mehrotra R, et al. Pain Coping Skills Training for Patients Receiving Hemodialysis: The HOPE Consortium Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med. Published online December 30, 2024. doi:10.1001/jamainternmed.2024.7140

 

   

  • 1月, 日, 2025
高齢者の運転と心の健康:うつ病が運転に与える影響

 

近年、高齢ドライバーによる交通事故のニュースを耳にすることが増えました。高齢化社会が進む中で、高齢者の安全運転は私たちにとって大きな関心事です。

実は、高齢者の運転能力に影響を与える要因の一つに、「心の健康状態」があります。今回は、高齢ドライバーの運転行動と うつ病 の関係を調べた研究結果をご紹介します。

 

うつ病が高齢者の運転に与える影響とは?

この研究では、65歳以上の高齢ドライバー395名を対象に、 大うつ病性障害(MDD) と呼ばれるうつ病と、日々の運転行動との関連を2年以上かけて追跡調査しました。

MDDと診断された85名と、うつ病のない310名を比較した結果、MDDのある高齢ドライバーは、そうでないドライバーに比べて、以下のような特徴が見られました。

  • 急ブレーキや急ハンドルなどの危険な運転が増加
  • 自宅から遠くまで運転する傾向
  • 運転パターンが予測しにくい

一方、うつ病のない高齢ドライバーは、時間の経過とともに運転範囲が狭まり、より安定した運転パターンになる傾向がありました。

 

なぜうつ病が運転に影響するのか?

研究者たちは、高齢者が自発的に運転状況を調整する「セルフ・レギュレーション」がうまく働かないケースとして、MDDが一因になりうると指摘しています。

うつ病になると、注意力や判断力が低下し、状況の変化に対応することが難しくなります。また、自分の運転能力を過信したり、逆に過小評価したりする傾向もみられます。

 

高齢ドライバーの安全運転のために

これらの結果から、高齢のMDD患者には、早めのうつ病の検査と運転技能の評価を組み合わせたサポートが重要であることが分かります。

高齢者が安全に運転を続けるためには、医療機関だけでなく、家族や地域の協力も必要です。運転は、買い物や通院など、日常生活を送る上で欠かせないものです。心身の状態に配慮し、高齢者が安心して運転を続けられるような環境づくりが大切です。

 

注釈

  • 大うつ病性障害(MDD): うつ病の一種で、気分の落ち込みや意欲の減退、不眠などの症状が続く状態。
  • PHQ-9スコア: うつ病の重症度を測るための尺度。

 

参考文献:

Babulal GM, Chen L, Trani J, et al. Major Depressive Disorder and Driving Behavior Among Older Adults. JAMA Netw Open. 2024;7(12):e2452038. doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.52038

 

 

  • 1月, 土, 2025
ユージン・バーガー:マジシャンであり哲学者

 

ユージン・バーガー氏(1939年6月1日生まれ)は、アメリカ・シカゴ出身のプロマジシャンで、クロースアップ・マジックの名手として知られています。幼少期からマジックに興味を持ち、名人と称されたドン・アラン氏に師事しました。マジシャンとして異色なのは、彼が大学で哲学と比較宗教学を教える講師としての経歴も持ち、イェール大学で神学と哲学の修士号を取得していることです。その後、シカゴ市役所勤務を経て、1978年にプロマジシャンとしての道を歩み始めました。

バーガー氏は繰り返し語っていました。「マジックは単なる技術やトリックだけではなく、観客との感情的なつながりを築くアートである」と。彼の考え方は、マジックを単なる娯楽から、より深い意味を持つ芸術へと引き上げるものでした。

バーガー氏のマジックは、古典的なトリックに独自の演出を加えることで、観客に新鮮な驚きを提供するスタイルが特徴です。彼の演技は、シンプルでありながら観客の心を掴んで離さない不思議な魅力があり、観客との深い絆を生み出すことに長けていました。その風貌は、豊かなひげと落ち着いた雰囲気で、まるでユダヤ教のラビのような風貌でした。

彼の代表的な著書には、『Secrets and Mysteries for the Close-Up Entertainer』(1982年)、『Intimate Power』(1983年)、『Spirit Theater』(1986年)、『Performance of Close-Up Magic』(1987年)などがあります。これらの作品では、マジックの技法だけでなく、演出論やマジシャンとしての哲学も詳しく解説されています。

バーガー氏は、アカデミー・オブ・マジカルアーツ(マジック・キャッスルの母体)から年間最優秀クロースアップ・マジシャンを2度受賞(1996年、1997年)し、1999年には奇術専門誌『MAGIC』から「20世紀において世界中に大きな影響を与えたマジシャン100傑」の一人にも選ばれました。

2017年8月8日、バーガー氏は末期がんのため78歳で亡くなりました。彼の死はマジック界にとって大きな損失であり、多くのマジシャンやファンから惜しまれました。

現在、私は最近邦訳された『マジックと意味』を読んでいます。この本は、バーガー氏とロバート・E・ニール氏の共著で、マジックの深層に迫る内容となっています。この書籍では、マジックが人間の生命や精神と深くつながってきたことが、数々の事例を基に示されています。また、観客の心に届くマジックを演じるための具体的な手法や哲学が解説されており、初心者から専門家まで、新たな視界を開く一冊だと思います。

ネット上の書評を拝見すると、手妻師の藤山新太郎氏は自身のブログで、バーガー氏がマジシャンの自己否定的な発言が観客の夢を壊すことを嘆いている点に共感し、マジシャンとしての在り方を考えさせられると述べています。

彼の著書や映像作品は、マジックを学ぶ者にとって貴重な教材で、彼の遺した知識と哲学は、現在でも多くのマジシャンにとって重要な指針となるものと思います。

 

  • 1月, 金, 2025
大球性貧血と健康リスク

 

日本全国で実施された特定健診の大規模データを用いた興味深い調査結果があります。2008年から2011年の間に受診した20万3280人を対象に、4年間の追跡調査を行ったところ、何らかの原因で2819人の方が亡くなりました。

ここでは、貧血と慢性腎臓病(CKD)の関係、そして貧血のタイプが死亡率にどのように影響するかを探る試みが行われています。

貧血といっても実はいくつか種類があります。赤血球の大きさを示すMCVという検査値を使い、大きめの「大球性貧血」、標準サイズの「正球性貧血」、小さめの「小球性貧血」の3種類に分けました。その結果、調査参加者全体のうち約2.3%に当たる4611人が大球性貧血でした。正球性や小球性に比べると割合は少ない印象ですが、腎機能が低下すると正球性・大球性の貧血が増え、小球性はむしろ減少する傾向が見られたのです。

さらに、多変量解析という詳しい統計手法で死亡率を調べると、大球性貧血は全死亡(2819人中)やがん死(1595人中)だけでなく、心血管疾患による死亡(523人中)との関連も大きかったことがわかりました。とりわけCKDを伴う大球性貧血の方は、他の貧血タイプより死亡リスクが高いという結果が得られました。CKDとは、推算糸球体濾過量が60 mL/min/1.73m^2未満または尿蛋白が陽性と定義される疾患で、腎機能が低下するため貧血も起こりやすくなります。しかし、ここで大球性の特徴をもつと、さらにリスクが高まるというのです。

なぜ大球性とCKDが組み合わさると危険度が増すのか、その根本的な原因までは本研究では解明されていません。ただし、ビタミンB12や葉酸の不足、過度のアルコール摂取、慢性的な炎症など、さまざまな要因が関係している可能性が指摘されています。腎臓病の方は赤血球をつくるホルモンであるエリスロポエチンが減少しやすいことも、貧血を促進する一因となります。

興味深いのは、貧血のタイプを分析に加えると、ただCKDがあるかどうかだけをみるよりも死亡リスクの予測が正確になるという点です。つまり、赤血球のサイズという、血液検査で簡単にわかる項目が、将来的な健康リスクを見極める追加の手がかりとなり得るのです。これは高齢者人口が増える中で、貧血や腎臓病の早期発見は生活の質を保つうえでも重要です。この研究は、大球性の赤血球を見逃さないことが、よりきめ細かなケアに繋がる可能性を示唆しています。

日常生活では、採血の数値を細かく気にするのは面倒だと感じるかもしれません。しかし、ほんのわずかな数値の変化が将来の健康に響くかもしれないと考えると、検査結果を見る目も変わりそうです。この研究は赤血球のサイズが微妙に変わる背景に、体全体の状態が映し出されるかもしれないと示唆しています。命や生活の質を左右する要因は多岐にわたりますが、大きめの赤血球とCKDの組み合わせを一つの指標として意識することは、健康管理において有用だといえそうです。研究者たちは、より多くのデータを重ねることで、将来の医療の質を向上させようと取り組んでいます。社会全体で健康を保ち、長生きを目指すためには、貧血のタイプについて理解を深めることが重要と言えるでしょう。

 

参考文献:

Otaki, Y., Watanabe, T., Konta, T. et al. Macrocytic anemia, kidney dysfunction, and mortality in general population: Japan specific health checkup study. Sci Rep 14, 32005 (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-83547-5

 

  

  • 1月, 木, 2025
睡眠中に嫌な記憶をポジティブに書き換えられる?

 

睡眠は、ただ体を休めるためだけの時間ではありません。最近の研究では、睡眠中に脳が記憶を整理し、感情的な体験を処理していることが明らかになってきました。今回ご紹介する論文 は、睡眠中に嫌な記憶をポジティブな記憶で上書きできる可能性を示唆する、興味深い実験結果を報告しています。

 

記憶の書き換えと睡眠の関係

人は誰でも、過去の辛い記憶に悩まされることがあります。心理学では、このような嫌な記憶をコントロールする方法として、「抑圧」や「書き換え」などが研究されてきました。しかし、感情を伴う記憶は非常に強く、意識的に忘れようとしてもなかなかうまくいかないのが現実です。

一方、睡眠中は脳が記憶を整理する時間帯であることが知られています。近年注目されているのは、「ターゲット・メモリー・リアクティベーション(TMR)」と呼ばれる手法です。これは、学習したときの手がかり(例えば、特定の音声など)を睡眠中に再び提示することで、特定の記憶を意図的に再活性化させるという方法です。今回の研究では、このTMRを用いて、嫌な記憶にポジティブなイメージを結びつけ、睡眠中にそのイメージを再活性化させることで、記憶の書き換えを試みています。

 

実験方法:嫌な記憶とポジティブな記憶の干渉

この実験では、まず被験者に48個の無意味な単語と、それぞれに対応する不快な画像を学習させました (Day1)。翌朝、単語を手がかりとしたテストを行い、記憶の定着度を確認しました。さらに2日目の夜には、48個の単語のうち半分 (24個) に、今度はポジティブな画像を結びつけました。

例えば、「リンゴ」という単語に、最初は事故の画像を、後から可愛い子犬の画像を結びつける、といった具合です。このようにすることで、24個の単語については「不快な記憶」と「ポジティブな記憶」が重なり合った状態、つまり“干渉”状態を作り出しました。

そして、被験者がノンレム睡眠(深い眠り)に入っている間に、対象となる単語の音声を計36個(干渉あり12個、干渉なし12個、全く新しい擬似単語12個)再生しました。音量は約38dBと非常に小さく、眠りを妨げないように配慮されています。

 

実験結果:ポジティブな記憶が優勢に

翌朝 (Day3) と数日後 (Day5) に被験者にテストを行った結果、以下の興味深い変化が見られました。

* 嫌な記憶の抑制: ポジティブ画像と関連づけた単語を睡眠中に再生した場合、元々の不快な画像を思い出す割合が低下しました。

* ポジティブな記憶の想起: 嫌な画像を思い出そうとしても、代わりにポジティブな画像が頭に浮かぶことが増えました。

* 感情評価の変化: ポジティブな感情を判断するスピードが速くなりました。

これらの結果は、睡眠中にポジティブな記憶を再活性化することで、嫌な記憶を弱めることができる可能性を示唆しています。

 

脳波による分析:θ帯域の活動が鍵

脳波の測定結果も、この仮説を支持するものでした。TMRの音刺激に伴い、θ帯域 (4〜8Hz)と呼ばれる脳波の活動が上昇していました。このθ帯域の活動は、「ポジティブ記憶を優先的に呼び起こす」ことと関連していると考えられています。

 

結論:睡眠と記憶の新たな可能性

今回の研究は、嫌な記憶を直接消去するのではなく、「後から付け足したポジティブなイメージ」を睡眠中に再活性化するという、新しいアプローチの可能性を示しました。これは実験室レベルでの成果ですが、将来的には、心的外傷後ストレス障害 (PTSD) などの治療にも応用できる可能性を秘めています。

もちろん、実際のトラウマ体験を扱うには、より長期的かつ現実に即した手続きが必要となります。また、今回の実験では単語と画像を用いましたが、日常生活における記憶ははるかに複雑です。

それでも、嫌な記憶を完全に消去できなくても、ポジティブな側面で上書きすることで、心の負担を軽減できる可能性があります。今回の研究は、睡眠と記憶、そして感情の複雑な関係に新たな光を当て、今後の研究に大きな期待を抱かせるものです。

 

参考文献:

Xia T, Chen D, Zeng S, et al. Aversive memories can be weakened during human sleep via the reactivation of positive interfering memories. Proc Natl Acad Sci U S A. 2024;121(31):e2400678121. doi:10.1073/pnas.2400678121