「三無の杖言葉」

 

松原泰道禅師の言葉を紹介します。

「三無の杖言葉で老いに備える」というものです。

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 (略)三無の杖言葉というのは、「無理をしない・無駄をしない・無精をしない」というものです。

「無理をしない」は、自分の年齢を考えて無理をしないという健康上の意味だけではありません。無理とは、〈道理に合わないこと〉で、道理に合わないことをいったり、しないという自省の杖言葉です。

「無駄をしない」は、〈余計なことをしない・出しゃばらない〉ことです。さらに老人は生産的な仕事や行為から遠ざかっていますから、この事実をカバーする意味で、無駄な消費をつつしみ、積極的に物事を大切にする徳を積む習慣を学ぶことです。

「無精をしない」は、ものぐさにならない、だけではありません。進んで自分のできること、自分ですべきことをしていくということです。老人は常に自分の役割を果たそうという誓願が、「無精をしない」という杖言葉です。

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禅師の言葉はわかりやすく、深く共感できるものです。

どの杖言葉もそうですが、特に「無精をしない」という言葉は、老人だけに向けられたものではなく、若い人にも当てはまる言葉ですね。

私も見習いたい言葉です。

 

 

 

腎臓学会に参加してきました。

 

昨日から日本腎臓学会学術総会に参加しています。

会場は日本医学会総会に続いて、名古屋国際会議場でした。

日頃、腎臓内科を専門として医業を行なっている医師たちが集っての学びの場ですから、テーマの細かな差異はあるものの、同じように関心を持ち、臨床の現場で悩んでいる、いわば同志の集いのような場です。

同時進行でいくつものセッションに分かれているので、聴講したい会場へと足を運びます。

朝のセッションが終わったら、ポスター会場へ行って発表を聴きました。

ふと気づいたら、私は無意識に「高齢者のCKD」や「認知症」、「代謝疾患」について関心があるようです。

足が向いたところのテーマは、ほとんどがそれだったので「やっぱりそうなのか」と我ながら思いました。

日常の診療で最近最も遭遇する課題がそれだからです。

解答は得られなかったものの、全国の腎臓専門医の大方の知見と患者さんに臨む姿勢を知ることができて、良かったです。

知識のまとめとアップデートは、確実に必要です。

 

 

小学生と子猫

 

小学生の姪っ子とその友だち数人が、子猫を拾ってきました。

 

親猫とはぐれたのか、あるいは野良猫化してしまったのか、周囲を探しても飼い主はいなさそうです。

 

家まで連れてきて、シャワーを浴びせさせて体をきれいにし、食事の世話をし、落ち着いたところで、はてと姪っ子たちは困りました。

 

「この子猫、どうしよう?」

 

私の実家は、猫アレルギーなのでダメです。

 

「どうしてダメなんですか?」と友だちは食い下がりましたが、母は苦笑いするしかありませんでした。

 

「そうは言ってもダメなものはダメなんだよね。」

 

子猫はすっかり姪っ子たちになついてしまい、朝、箱から抜け出して学校までついてきてしまったそうです。

 

学校にはペットを連れてきてはいけないという校則があるそうで、姪っ子たちは校門の外で子猫を抱きながら学校に入れずに立ち往生してしまいました。

 

しかたなく、家に連れ帰ったので、学校は遅刻です。

 

それから2、3日経って、一生懸命さが天にも通じたのでしょうか。なんとか引き取り手が見つかったようでした。

 

 

私も子供のころ、似たような経験があります。

 

あの頃はどういう顛末だったのでしょう?すっかり忘れてしまっています。

 

姪っ子たちの様子を見て、なんだか懐かしくて微笑ましく思いました。

 

 

 

那覇市にインフルエンザ注意報

 

昨日、那覇市でインフルエンザ注意報が発令されました。

詳しくはこちら ⇨ 那覇市感染症週報第24週

那覇市保健所管内のインフルエンザ報告数が10.59人/定点(前週9.50人)となり、注意報のレベルに達したため発令されたものです。

それによると、小学校で学級閉鎖の報告があったのが3件、高齢者施設で集団発生の報告が1件ありました。

日常の外来診療でも、やはり発熱患者のなかにインフルエンザ感染症の方が少数ですが受診されてきます。

B型が多い印象だったのですが、それを裏打ちするような統計の結果です。

 

ご存知のように、この時期に流行するインフルエンザは昨秋接種したワクチンの効果が期待できないものです。

うつらないために「手洗い・うがい」、症状がある人が周りにうつさないために「咳エチケット」を心がける。それがほとんど唯一の対策となります。

また、感染症情報にも注意を向けていきましょう。

 

土砂災害に注意

 

長い雨が続いています。空を見上げると、暗い雲が覆っています。

 

ところで、沖縄県のダム貯水率はご存じでしょうか。

実は6月11日から99.9%を記録しています。(ソフトがアップデートされてないらしくて、平成31年のままですが)

今日が11日ですから、約10日間も100%に近い状態が続いているということです。

 

ダムの役割として洪水調節があり、放流をしています。

この「放流量」という項目がそれにあたり、すべてのダムが放流していることになります。

長雨の時には地盤が緩んでいる土地もあるかも知れません。土砂災害警報が発令されている地域もあるようです。

油断せずに注意していきましょう。

 

映画「ファイト・クラブ」

 

何年ぶりかに久しぶりにビデオで観てみました。

映画「ファイト・クラブ」は1999年12月に日本公開ですから、ちょうど20年前の映画なんですね。

「過去最高の映画ランキング」などに上位に位置する常連の映画です。

あまりにも有名な映画ですから、多くを語る必要もないかと思いますが、消費主義や物質至上主義を強烈に批判する思想を前面に打ち出しながら、人間の持つ二面性を深くえぐり出している映画です。

久しぶりに観て、ちょうど忘れている設定があったり、再確認して得心するような場面があったりで、「さすがデヴィッド・フィンチャー監督!」だと唸りました。

観終わった後の余韻が濃すぎて、しばらく自分が自分でないような離人感覚に襲われていて、参りました。

この映画は何回も見るものではありませんね。

ブラット・ピットが演じたタイラー・ダーデンのカリスマ性は人を虜にします。

エドワード・ノートンといい、監督もそうですが共演者の役者さんたちの顔ぶれを見ると、今考えると奇跡的な映画ですね。

 

 

 

 

カフカと安全ヘルメット

 

ドラッカーの「ネクスト・ソサエティ」に、印象的なエピソードの紹介があります。

 
 ネクスト・ソサエティ P・F・ドラッカー著
 

 

「(略)ところで、フランツ・カフカという名前を知っておられるか?オーストリアの偉大な作家だ。実は安全ヘルメットを発明したのが、そのカフカだった。」

「彼は第一次大戦前に、ボヘミアとモラビア(当時オーストリア領、のちチェコ)で労災補償関係の行政官だった。」

「私の生家の近くに、クイッパーさんという同じように労災補償の権威が住んでいた。医師だったが、カフカを尊敬していた。」

「カフカが咽頭結核で死の床にあったときには、5時起きで2時間かけて自転車で往診していた。カフカの死後、彼が作家だったことにいちばん驚いたのがこの人だった。」

「たしか1912年に、カフカはアメリカの安全協会からゴールドメダルをもらったはずだ。彼の安全ヘルメットのおかげで、チェコ地方の製鉄所の年間の労災死亡者が、初めて1000人あたり25人を割った。」

 

 

これはとても面白いお話です。

私はてっきり安全ヘルメットは古代ギリシアあたりの戦士の鉄カブトかなんかが原型だと思っていたので、驚きました。(単なる想像で話をしているので、古代ギリシア人が鉄カブトをかぶっていたのかという史実も確認していないのですが)

 

そもそもカフカが安全ヘルメットを発明したきっかけは、危険な場所で自分の頭部を守るためだったという説もあり、カフカの感性ならば当然行き着く「モノ」だったのでしょう。

必要は発明の母とはよく言ったものです。

 

また、ある分野に秀でた人が、違う分野で思いもよらぬ成果を出してくるのはよく聞くお話でもあります。

全く違う2つのものを融合させることで、新しいイノベーションが生まれたというのも耳にします。

 

先入観にとらわれずに、臆することなく、表現してみることが大切ですね。

そこに何か役に立つヒントが導き出されるかも知れません。

 

 

 

時間の歩み

 

ドイツの詩人シラーが次のような言葉を遺したと言われています。(出典はよくわからないらしいです)  

 

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時間の歩みは三重です

ためらいがちに、未来はこちらにやってきます

矢のように早く、現在は飛び去り、

永遠に静かに、過去は立ち止まっています

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現在(今)という瞬間は、本当にあっと言う間に過ぎ去っていきます。

ですから、「今」にブレーキをかけて止(とど)めようとしても、無駄なあがきです。

「今」が飛び去るというのは、刻一刻と変化していっているということ。

エントロピーの法則を持ち出さなくても、時間の歩みは変化を生み出します。

変化は、それを望む望まないに関わらず、必然的に起こるものです。

アメリカの詩人ロバート・フロストが言った言葉。

「人生で学んだすべては、3語で表せる。『 it goes on』(続きがある)」

続くからこそ、変化し続ける。あるいは、変化するから、続く。

これは大切なことだと思います。

 

 

 

オヤジ・ドーナツ

 

今日は「父の日」ですね。

私の家族が特に父をないがしろにしている訳ではないと思いたいのですが、母の日と比べようがないほどに、いつもと変わりのない日曜日を過ごすものだと思っています。

父である私も、その子どもたちも。

街にあふれる「~フェア」のノボリは否応なしに目につくものですが、決して意味を発するメッセージではなく、言葉として届くものではありません。

「決して世の中に踊らされるまい」という強い決意でもあるんじゃないかと、それはそれでいとも容易く受容されていくものです。

…というのが、いつもの「父の日」なのですが、今年は少し違っていました。

「ほらほら、これこれ」

手渡された袋の中を見てみると、なんともまあ笑えました。

ドーナツ屋さんで、サンプルの中に私とそっくりのドーナツを発見して、これはプレゼントするしかない!と思ったそうです。

けれども、サンプルにはあっても在庫があるのかないのかはっきりしないものだったらしく、「代わりに動物のドーナツはどうですか?」と勧める店員さんに「これでなければ要らない」と本気の交渉モードに入り、お店の奥から在庫を見つけてもらってきたそうです。

「いやあ、これは父のためのドーナツでしょう!」

確かに手づくりと言っても通るレベルのオンリーワン・オーラが全開です。

ゆずひこ人形といい、このオヤジ・ドーナツといい、我ながらちょっと気に入っています。

 

 

 

 

蝶と出会う

 

家族からスマホに「良い写真が撮れた!」と1枚の写真が送られてきました。

それは、蝶の写真でした。

特徴的な羽の模様がきれいです。

何ていう蝶なのだろう?

蝶の図鑑と名の付くサイトを調べてみると、すぐに見つかりました。

イシガケチョウ(イシガキチョウ)というのだそうです。

模様が石崖(石垣)のように見えるのが、その名の由来なのだとか。

本州(三重県以西)、四国、九州、南西諸島の温暖な地域に分布するようです。

 

写真を撮った本人は

「ここ数年、蝶々を見なかったから嬉しいです!10年前はモンシロチョウやシジミチョウがたくさん飛び回っていたのに…」

とコメントしていました。

そう言えば確かにそうですね。

 

蝶を見たり触れたりすることは、自然に触れた気持ちにさせてくれて、どこかしら崇高な気持ちになります。