感情の筋トレ:思いやりによる人間関係の再構築

アルフレッド・アドラーは、「すべての悩みは対人関係の悩みである」という言葉を残しました。

この言葉は、人間関係に起因する悩みが人生において非常に重要であることを示しています。

ざっと考えてみても、壁を感じるのは、やはり人間関係の中かも知れませんね。

そんな時、その壁を取り払い、心の距離を縮める手段として、「思いやりトレーニング」が注目を集めています。

 

元論文はこちら→

Cernadas Curotto P, Halperin E, Sander D, Klimecki O. Getting closer: compassion training increases feelings of closeness toward a disliked person. Sci Rep. 2023;13(1):18339. Published 2023 Oct 26. doi:10.1038/s41598-023-45363-1

 

人間関係の中でも、特に苦手な人との距離は、心の重荷になるものです。

この研究によれば、「思いやりトレーニング」は人との関係における緊張を和らげ、親密感を高める効果があるとされています。

研究では、108名の参加者がランダムに3つのグループに分けられ、5週間のトレーニングに参加しました。内訳は以下の通りです。

1. 思いやりトレーニング:他者への理解と共感を深めることを目的としています。

2. 再評価トレーニング:感情を再解釈し、その影響を変えることを目指すトレーニングです。

3. イタリア語トレーニング:このグループは中立的に比較対象するグループとして用意されました。

重要なのは、これらのトレーニングがどれも、嫌いな人を直接的な焦点とすることなく実施された点です。

つまり、研究者たちは、トレーニングが人々の一般的な感情や態度にどのように影響を及ぼすかを見るために設計されました。

結果は興味深いものでした。

思いやりトレーニングを受けた人たちだけが、苦手な人に対しての感情の変化を報告したのです。

具体的には、その人に対する幸福の妨げを喜ぶ「シャーデンフロイデ」が減少し、その人への親密感が増したということ。

再評価トレーニングを受けた人たちもシャーデンフロイデの減少は報告されましたが、親密感の増加は観察されませんでした。

イタリア語トレーニングを受けた人たちには、どちらの変化も見られなかったそうです。

この研究から明らかになったのは、思いやりのトレーニングが、ただの感情のコントロールを超え、人間関係そのものを豊かにする可能性があるということです。

まるで心の筋肉トレーニングのように、人との距離感を縮める技術を磨くことができるのですね。

これは、私たちの日常生活にも応用可能な知見です。

苦手な同僚や隣人との関係を改善したい時、思いやりトレーニングは有効なアプローチとなり得ます。

自己理解を深め、他者への共感を高めることは、単に心地よいだけでなく、具体的な対人関係の変化をもたらす可能性があるということです。

実際のトレーニングの内容や具体的なセッションについては、さらなる詳細を求める必要がありますが、この研究から得られる教訓は明らかです。

心に根差した思いやりは、訓練によって鍛え、育てることができるということですね。

そしてそれは、社会的相互作用を豊かにし、私たちの生活をより充実したものにする力を持っています。

 

ここで、「思いやりトレーニング」について触れておきます。

(論文にはその内容の詳細は読み取れませんでしたが、一般的には以下のようなものをいいます。)

1. 自己理解:自分自身の感情や偏見に気づき、それを理解することから始めます。瞑想や日記を使って、内省を促進します。

2. 共感の練習:ロールプレイやケーススタディを通じて、他者の立場に立って考えることを学びます。他者の感情や状況を想像することで、理解を深めます。

3. 非暴力コミュニケーション(NVC):感情やニーズを非攻撃的な方法で伝える技術を習得します。同時に、相手の感情やニーズを聴き取ることにも焦点を当てます。

4. マインドフルネス:瞑想や呼吸法によって、現在の瞬間に集中する練習をします。これにより、自分の感情や反応を静かに観察し、自動的な反応を減らしていきます。

5. 実践と反省:日常生活での思いやりの行動を積極的に実践し、その結果を反省します。このサイクルを繰り返すことで、学びを深め、行動を変化させていきます。

蚊との静かな戦い:ウォルバキアを使ったデング熱コントロールの試み

 

ジョグジャカルタはインドネシアのジャワ島にある都市です。

そこでは、デング熱という見えない敵との戦いが続いています。

デング熱は、エイデス・エジプティ(A. aegypti)という小さな蚊によって運ばれる病気です。

科学者たちはこの蚊をコントロールするために、ある興味深い方法を試みました。

それは、ウォルバキア(Wolbachia)という名の微生物を使った新たな作戦です。

 

元論文はこちら→

Utarini A, Indriani C, Ahmad RA, et al. Efficacy of Wolbachia-Infected Mosquito Deployments for the Control of Dengue. N Engl J Med. 2021;384(23):2177-2186. doi:10.1056/NEJMoa2030243

 

この微生物、ウォルバキアはエイデス・エジプティに感染すると、デング熱ウイルスへの感受性が低下するとされています。

研究者たちは、この事実を利用して、ウォルバキアに感染した蚊を意図的に放出し、自然界の蚊の集団にこの微生物を広めようとしました。

ジョグジャカルタでは、その方法がどれほど効果的であるかを評価するために、一大試験が行われました。

この試験は、約311,700人が住む26平方キロメートルの都市地域を舞台に実施されました。

この地域は24のクラスターに分けられ、それぞれがおよそ1平方キロメートルで構成されていました。

12のクラスターにはウォルバキアに感染した蚊が放出され、残る12のクラスターはコントロール群として何も行われませんでした。

各クラスターには9から14回の蚊の放出が行われ、地元住民の多くはこの実験の詳細を知らされていませんでした。

蚊は、人々の家の中や庭にひっそりと放たれ、その後の繁殖でウォルバキアが自然に広がるのを待つのです。

このシンプルだが革新的な作戦は、蚊によるデング熱の拡散を減らすことができるのでしょうか?

試験の結果は、皆の期待に応えるものでした。

ウォルバキアに感染した蚊の導入により、症状を伴うデング熱の発生率が減少し、参加者のデング熱による入院も少なくなったと報告されています。

これは、単に蚊を減らすだけでなく、蚊自体を病原体の伝播者として無効化することに成功したことを意味します。

しかし、この戦いはまだ終わっていません。

デング熱ウイルスがウォルバキアに対して耐性を持つ心配はないのでしょうか?

今後も研究者たちは、ウイルスの進化を監視し、この新たな防御策が長期にわたって効果を持続するかを見守る必要があります。

ウォルバキアの導入は、デング熱との戦いにおける新たな武器として大きな可能性を秘めています。

しかし、その効果を最大限に引き出し、持続させるためには、さらなる研究と協力が必要というわけです。

ジョグジャカルタの試みが、世界中のデング熱対策に新たな希望をもたらす一歩となることを願っています。

 

 

COVID-19と記憶のゆがみ:未来への影響

 

COVID-19の大波が過ぎ去り、私たちは表面的にはコロナ前の日常を取り戻しつつあります。

しかし、このパンデミックが私たちの記憶に刻んだ傷は、単なる経験の積み重ねを上回るものです。

今回、紹介する研究では、パンデミックに対する私たちの記憶が、どれほど自分自身の現在の「信念や評価」によって色づけられ、形作られているのかが明らかにされています。

 

元論文はこちら→

Sprengholz P, Henkel L, Böhm R, Betsch C. Historical narratives about the COVID-19 pandemic are motivationally biased [published online ahead of print, 2023 Nov 1]. Nature. 2023;10.1038/s41586-023-06674-5. doi:10.1038/s41586-023-06674-5

 

研究者たちは11カ国にまたがる4つの研究を通じて、合計で10,776人のデータを収集しました。

そこで得られた知見は、私たちのリスクの認識、機関への信頼、そして行動の記憶が、現在の「信念や評価」に深く根差していることを示唆しています。

例えば、ワクチン接種の是非を自己同一性の一部と強く見なす人々は、他の人々に比べて記憶の歪みが大きいことがわかりました。

「ワクチン接種の是非を自己同一性の一部と強く見なす人々」というのは、ワクチンを接種するかどうかという選択を、自分がどんな人間かということの一部、つまり自分のアイデンティティ(自己同一性)として、とても大切に考えている人たちのことです。

例えば、ある高校生が「私はエコにすごく関心があって、地球にいいことをするのが大事だと思ってるから、いつもエコバッグを持って買い物に行くよ」と言っているとします。

この高校生にとって、エコバッグを使うことはただの行動ではなく、自分が環境を守りたいと考えている人だという自分のアイデンティティの表現なんですね。

同じように、「私はワクチンを受けることでみんなの健康を守ることに貢献している」と強く思っている人もいれば、「私は自然な免疫を大事にしたいからワクチンは受けない」と考えている人もいます。

それぞれの考えは、その人が自分自身をどう見ているか、または他の人にどう見られたいかという自己像と深く結びついているわけです。

この自己像に基づいてワクチン接種の是非を判断し、自分の行動を決めているということですね。

で、その人たちは、他の人々に比べて記憶の歪みが大きいことがわかりました。

これは、接種を受けた人も受けていない人も同様です。

そして、興味深いことに、その歪みはしばしば対照的なものでした。

この記憶の歪みを修正しようと、記憶の一般的な誤りについての情報提供や、正確な記憶に対する「賞金」などを試みてみました。

しかし、面白いことに、これらの試みが記憶の偏りを減少させることはありませんでした。

ただ一つ、高額な「賞金」が提示された場合にのみ、記憶の歪みはある程度減少しました。

これは、我々の記憶がいかに現在の自己の動機やアイデンティティによって形作られるかを示唆しているものです。

これはただの学問的な好奇心から導き出された知見ではありません。

偏った記憶は、過去の政策評価や未来の行動計画に影響を及ぼし、それは将来にわたって私たちがどのようにパンデミックに備え、どのように対応するかを左右します。

政治家や科学者に対する評価、ルールを遵守すること、さらには、そのような時に彼らをどう扱うかについても、これらの歪んだ記憶が影響を与えるのです。

研究は、こう結論づけています。

「私たちの記憶は、COVID-19パンデミックに関して、大きな偏りを持っています。これは社会的に分裂を持続させ、将来のパンデミックへの備えに影響を与えます。そして、私たちの社会的な結束や相互の信頼に長期的に影響をもたらします。」

パンデミックの記憶を巡る議論は、公衆衛生の有効性だけではなく、私たちの社会の未来を形作るうえで、より広い視野を必要としています。

 

 

コーヒーとお茶の適量が認知力を守る?

 

コーヒーやお茶を適度に飲むことが、認知症などの認知障害のリスクを減少させる可能性があるという報告がありました。

認知障害は個人や医療システムに大きな負担をかけており、現在の治療薬はこれらの障害を治療する可能性に限界があります。

そのため、食生活を含む管理可能なリスク要因に注目が集まっています。

 

元論文はこちら→

Zhu Y, Hu CX, Liu X, Zhu RX, Wang BQ. Moderate coffee or tea consumption decreased the risk of cognitive disorders: an updated dose-response meta-analysis [published online ahead of print, 2023 Jul 31]. Nutr Rev. 2023;nuad089. doi:10.1093/nutrit/nuad089

 

中国医科大学の研究者たちは、多くの研究を一度に分析するメタ分析を行いました。

このメタ分析には、厳格な基準を満たした高品質の研究が含まれていました。

例えば、ケースコントロール研究(条件のある人とない人を比較して潜在的な原因を見つける)やコホート研究(一定期間にわたってグループを追跡して研究されている条件を発症する人を見る)を中心に集められました。

最終的に、1990年から2019年にかけて発表された22のコホート研究と11のケースコントロール研究が選ばれ、389,505人の参加者が含まれ、その中には認知障害のケースが18,459件含まれていました。

統計分析を33の研究にわたって実施した結果、コーヒーとお茶の消費は認知障害のリスクが低いことと関連があることがわかりました。

具体的には、コーヒーやお茶を飲む人は、飲まない人に比べてそれぞれ約27%と32%認知障害を発症するリスクが低いとされています。

また、研究者たちは、コーヒーやお茶の量と発症リスクの関連について分析しました。

コーヒーの消費とアルツハイマー病リスクの間には非線形の関係が見られ、1日約2.5カップのコーヒーを飲むことで効果が最大になることがわかりました。

しかし、1日のコーヒーの量をそれ以上増やしても効果は変わりませんでした。

 

一方、お茶の消費と認知障害の間には線形の関係が見られ、1日1カップのお茶を消費する人は認知障害による死亡リスクが11%減少することがわかりました。

さらに、民族性や性別に焦点を当てたより深い分析も行われました。

コーヒーの消費は白人の認知障害リスクを減少させることと関連していましたが、お茶の消費はアジア人の認知障害リスクを減少させることと関連していました。

また、女性よりも男性に効果がみられました。

研究者たちは、「多くの研究が、カフェインが短期的に認知機能を改善し、長期的に認知障害を予防することを示している」と結論付けています。

カフェインは過剰に活性化されたアデノシン受容体の拮抗作用を介して機能し、これによって記憶や学習に関連する領域でのシナプス可塑性を制御することができます。

ただし、この研究では、タバコやアルコールの消費、収入や教育レベルなどの要素が十分に検討されているとはいえず、さらなる調査が必要とのことです。

 

 

心臓のSOSに応える:カテーテルアブレーションが治療を変える

 

 

この動画は、心不全と心房細動(AFib)を持つ患者に対する左心房カテーテルアブレーション(焼灼療法)の効果と安全性に関する新しい研究結果を紹介しています。

この研究は、ドイツの単一センターで行われたオープンラベルのランダム化試験で、心房細動と末期心不全の症状を持つ194人の患者が対象でした。

患者は、カテーテルアブレーションとガイドラインに基づいた薬物療法(GDMT)を受けるグループと、薬物療法のみを受けるグループに割り当てられました。実際にアブレーションが施行されたのは、アブレーショングループの84%と、薬物療法グループの16%でした。

主要エンドポイントは、死亡、左室補助装置(LVAD)の挿入、または緊急の心臓移植のいずれかの複合イベントでした。

18ヶ月の中央値での追跡後、アブレーショングループで8%、医療療法グループで30%に主要エンドポイントイベントが発生しました。

さて、この情報をどう解釈するかですが、心臓がレースカーであれば、心房細動はエンジンの不調に似ています。

しかし、この研究によれば、”ピットイン”(カテーテルアブレーション)をしてエンジン(心臓)を修理することで、レース(生活)でのパフォーマンスが格段に向上する可能性があるというわけです。

もちろん、この手法もリスクはあります。

研究によれば、アブレーショングループで3人、医療療法グループで1人が、血管アクセス部位に関連する軽度の合併症を経験しました。

しかし、そのリスクを冒す価値があるかどうかは、個々の患者や医療チームが慎重に評価するべき問題です。

この研究は、特定の心臓疾患に対する新しい治療法がどれだけ有効か、またその安全性について重要なヒントを提供しています。

ただし、これは単一センターでの研究であり、さらに広範な研究が必要です。

それでも、心不全と心房細動に苦しむ多くの人々にとって、新たな治療選択肢としての可能性を秘めています。

この動画が示すように、医療の進歩は常に進行中です。

今日の「最良の治療法」が明日には「第二の選択肢」になる可能性もあります。

だからこそ、科学的な根拠に基づいて最善の選択をすることが重要です。

それが、私たちが健康で、より良い未来を築くための鍵となります。

 

 

超常現象:信じるか、信じないかは、脳次第?

 

私は「昭和40年男」です。

勝手に分類すると、世代的に厨二病に侵され続けている人種ですから、「都市伝説」やら「ムー」の掲載記事が大好物です。

言い換えれば、超常現象、幽霊や未来予知、テレパシーなど、科学的に説明が難しい現象については、信じるか信じないかは別にして、その類の話を聞くのが好きです。

そんな私でも、ちょっと引いてしまうほど、かなりマニアックに信じている人がいますね。

逆に、そんな話をシャットアウトするほど、ハナから信じなくて、受け付けない人もいます。

両者の違いはどこにあるのでしょうか。

この研究では、この問題に科学的なアプローチで挑んでいます。

 

元論文はこちら→

Narmashiri, A., Hatami, J., Khosrowabadi, R. et al. Paranormal believers show reduced resting EEG beta band oscillations and inhibitory control than skeptics. Sci Rep 13, 3258 (2023). https://doi.org/10.1038/s41598-023-30457-7

 

研究者たちは、超常現象を信じる人々と懐疑的な人々の脳の活動を比較しました。

具体的には、EEG(脳波)を用いて、休息時の脳のベータ帯域振動というものを測定しました。

ベータ帯域振動は、集中力や注意、思考の活動と関連しているとされています。

そして、参加者は、Go/No-Goタスクと呼ばれる課題を与えられました。

これは、特定の刺激に対して反応するかどうかを判断するシンプルな課題です。

Go/No-Goタスクは心理学実験でよく用いられる手法で、参加者の「抑制制御」能力を測定するのに用います。

具体的には、参加者には画面上にさまざまな刺激(たとえば、色や形、文字など)がランダムに表示されます。

参加者は、特定の刺激(Go刺激)が出た場合には指示された反応(たとえば、ボタンを押す)をするよう求められます。

一方で、別の特定の刺激(No-Go刺激)が出た場合には、何もしない(この場合は、ボタンを押さない)ように指示されます。

このタスクは、どれだけ迅速に「Go」の指示に従えるか、また、「No-Go」の場合に反応をどれだけうまく「何もしない」かを測定します。

つまり、反応速度だけでなく、反応をおさえる能力も評価されるわけです。

そんなわけで、Go/No-Goタスクは単純なようでいて、実は参加者の脳の働きを多角的に評価する非常に有用なツールなのです。

さて、結果はどうだったでしょうか。

超常現象を信じる人々は、懐疑的な人々と比べて、ベータ帯域振動が低く、抑制制御の能力も低いという結果でした。

つまり、これは何を意味するのでしょうか。

研究者たちは、超常現象を信じる人々が、直感で信じてしまう傾向があり、抑制が効かないと指摘しています。

つまり、「むむむ。ちょっと待てよ?」という警告なしに信じ込んでしまうということです。

研究は、信念や価値観が脳の働きにどう影響するかを明らかにしようとしているものです。

この場合、脳の働きとしては、超常現象を信じるかどうかというのは、ほんの一例に過ぎないのでしょう。

 

何かを盲信すると分別がつかなくなるというのは、脳の働きによるものなのかも知れませんね。

 

 

逆境がもたらす脳の変化

 

今日紹介する論文は、「逆境の経験が脳にどのような影響を与えるか」を、メタアナリシスという手法を用いて調査したものです。

メタアナリシスとは、あるテーマを調べるときに、同じテーマについて調べた、他の複数のグループの研究を集めて、一緒に分析してみることです。

この方法によって、多くの研究データが一元化され、より確かな結論が導かれる可能性があります。

 

元論文はこちら→

Antoniou G, Lambourg E, Steele JD, Colvin LA. The effect of adverse childhood experiences on chronic pain and major depression in adulthood: a systematic review and meta-analysis. Br J Anaesth. 2023;130(6):729-746. doi:10.1016/j.bja.2023.03.008

 

研究で使用されたデータベースからは、2016件の論文がヒットしましたが、その中から336件が詳細なレビューの対象とされ、さらにデータが抽出されて、結局、83の研究がメタアナリシスに採用されました。

これらの研究には合計で5242人の参加者がいて、801の座標データが分析されました。

このメタアナリシス研究では、逆境にさらされたグループと比較グループとの間で、扁桃体(特に右側)の反応が大きかったことが明らかになりました。

具体的には、右扁桃体での血中酸素レベル依存(BOLD)反応が、逆境にさらされたグループで大きかったのです(FWER補正によりP ≤ .001; x軸 = 22, y軸 = -4, z軸 = -17)。

扁桃体は、感情、特に恐怖や不安を制御する脳の部分です。

この結果から、逆境が特に感情処理に影響を与える可能性が高いと考えられています。

さらには、扁桃体だけでなく前頭前野(superior frontal gyrus)での活動も高まっていたのがわかりました(FWER補正によりP < .05)。

前頭前野は、判断や意志決定、自己制御などの高度な認知機能を担っています。

この部分の活動が高まっているということは、逆境が複雑な思考プロセスにも影響を与えている可能性を示しています。

つまり、逆境が感情処理から高度な認知機能に至るまで、脳のさまざまな領域に影響を与えることが、このメタアナリシスから明らかになったのでした。

このような洞察は、逆境やストレスといった生活の困難が、私たちの脳や心にどのように作用するのかを理解する手がかりとなります。

 

さて、ここで「逆境が扁桃体と前頭前野の活動を高める」という現象について考えてみたいと思います。

これは、ヒトがストレスや逆境に対抗するための適応と考えるべきものでしょうか?

それとも、この脳の変容は悪い結果としてとらえるべきものでしょうか?

実際にはどちらの解釈も可能ですね。

これには個々の状況や逆境の性質、さらにはその人の全体的な健康状態など、多くの要因が影響しています。

一方で、これは適応の一環として解釈することができます。

逆境に直面した際に、脳はよりアラートな状態になり、感情を処理しやすくなることで、状況に対応しやすくなるかもしれません。

また、前頭前野の活動が高まることで、より良い判断や意志決定を行う助けとなるかもしれません。

これは、逆境に対抗するための脳の「戦闘態勢」の一部と考えることができるでしょう。

しかし一方で、これらの変化が慢性的になり過ぎると、それはストレスの症状や精神的な疾患につながる可能性があります。

特に扁桃体の活動が過度に高まると、不安や恐怖反応が強化され、精神的な健康に悪影響を及ぼすことが知られています。

つまり、逆境に対する脳の反応は、適応的であると同時に、バランスが崩れると悪影響を及ぼす可能性があるという、二面性を持っています。

重要なのは、適応と回復のための適切なサポートとケアが提供されることです。

それによって、逆境による脳の変化を健康的な方向に導くことができるでしょう。

 

 

 

心が求める恐怖:なぜ怖がることが楽しいのか

 

ホラー映画を無性に観たくなるモードの時があります。

それに対して「理解できない」と嫌な顔をされることもあれば、「わかるわかる!」と同じ匂いのする人がいます。

その「恐怖を楽しむ理由」について、社会学者と認知神経学者がこんな報告をしています。

 

元記事はこちら→

Why is it fun to be frightened?

https://theconversation.com/why-is-it-fun-to-be-frightened-101055

 

この研究は、お化け屋敷で行われました(笑)。

参加者はお化け屋敷を経験したあと、幸せを感じ、不安が和らぎ、達成感を得たと報告しています。

さらに、脳の緊張が緩和され、これが気分の向上に関連していることが示されました。

恐怖を楽しむ理由は、単に「楽しいから!」という表面的な答えを超えています。

研究者たちは、恐怖体験が人々に自己認識やレジリエンスを高める機会を提供すると指摘しています。

これは、恐怖体験が「瞬間的なストレスの再調整」を提供し、自信を高めることにつながるからです。

お化け屋敷やホラー映画は、実際には自分の身には危険がありませんから、恐怖に対処する練習をする場でもあります。

これにより、人々は自分自身の反応や身体の変化を観察する機会を得ることができます。

つまり、自己認識が高まるというわけです。

恐怖体験は、人生の「デバッグモード(バグを削除するモード)」とも言えますね。

リアルな危険がないからこそ、自分の反応をテストし、何が自分を動かすのかを理解することができます。

この情報は、恐怖が単なるスリル以上のものであり、心理的な側面での利点があることを示しているというのです。

恐怖体験が提供する「安全な恐怖」は、自己認識やレジリエンスを高める貴重な手段である可能性があります。

 

なんだかホラー映画が好きなことへの「自己弁護」を、ムキになってしている気分になってきました(笑)。

 

 

共感性が高い人はよく眠れる?

 

夜が更け、多くの人々が心地よい眠りにつく一方で、眠れないと悩む人々も少なくありません。

そんな睡眠に関連する、新たな視点を提供する研究がフィンランドから報告されています。

 

元論文はこちら→

Tolonen I, Saarinen A, Puttonen S, Kähönen M, Hintsanen M. High compassion predicts fewer sleep difficulties: A general population study with an 11-year follow-up. Brain Behav. 2023;13(10):e3165. doi:10.1002/brb3.3165

 

この研究は、人々の「共感性」という心の特性が、睡眠の質にどう影響するかを探っています。

この研究は「Young Finns Study」という長期研究に基づいています。

研究対象は3歳から18歳までのフィンランド人で、特定の年に共感性と睡眠の評価が行われた人々が選ばれました。

共感性は「Temperament and Character Inventory」という心理テストで評価され、睡眠の質は「Jenkins Sleep Scale」と「Maastricht Vital Exhaustion Questionnaire」で評価されました。

研究の結果、共感性が高いと評価された人々は一般的に良い睡眠を得る傾向にありました。

しかし、抑うつ症状を考慮に入れると、この関連性は消失します。

つまり、抑うつ症状がある場合、共感性が高いと評価されても必ずしも良い睡眠が得られるわけではないということです。

この研究が示すのは、共感性が高い人々が良い睡眠を得る傾向にあるという事実です。

共感性が高い人々は他にも健康的な生活習慣を持っている可能性があり、それが良い睡眠に寄与しているのかもしれません。

共感性と睡眠の質について、単純な因果関係にあるわけではないかも知れませんが、面白い切り口かなと思います。

 

 

心と体の連鎖:うつ症状と死亡率の考察

 

心の健康が身体に与える影響については多くの話がありますが、科学的な証拠が不足しているケースも少なくありません。

そんな中で、Zefeng Zhang博士たちの研究は、うつ症状と心血管疾患、さらには死亡率との深刻な関連性を明らかにしています。

この研究の優れた点は、特定の集団ではなく、多様で全国的に代表的なアメリカの成人集団を対象にしているところです。

 

元論文はこちら→

Zhang Z, Jackson SL, Gillespie C, Merritt R, Yang Q. Depressive Symptoms and Mortality Among US Adults. JAMA Netw Open. 2023 Oct 2;6(10):e2337011. doi: 10.1001/jamanetworkopen.2023.37011. PMID: 37812418; PMCID: PMC10562940.

 

研究によると、アメリカ成人の約7.2%が中程度から重度のうつ症状を示しており、14.9%が軽度の症状を有していました。

これらの数字自体が驚きですが、さらに衝撃的なのは、うつ症状を持つと死亡率が高まるという点です。

具体的には、軽度のうつ症状を持つ人は全死因で35%、心血管疾患で49%も死亡率が高く、中程度から重度の症状を持つ人ではそれがさらに増加します。

この研究が採用したデータはNHANESと呼ばれるもので、非常に信頼性が高いとされています。

NHANESはアメリカの一般人口から健康と栄養に関するデータを収集するための調査で、研究の質を高めるためにも使われます。

この点も、この研究の信憑性を高めています。

では、このようなデータを知った私たちはどうすべきでしょうか?

この研究の結論は、うつ症状と心血管疾患、死亡率との関連を深く理解し、その上で対策を考える必要があると強調しています。

つまり、よく言われるように、心の健康は身体の健康に直結しているのです。