睡眠不足チェッカーがあったなら

個人的にも、興味深い研究報告がありました。

それは、人が24時間以上眠っていないかどうかを見分けることができる新しい血液検査の開発です。

この検査は「Science Advances」誌に掲載され、その精度は99%にも及ぶのだそうです。

この技術の開発の背景には、私たち全員に関わる深刻な問題があります。

睡眠不足は、ミスや事故につながる大きなリスクとなります。

特に、運転手や医療従事者など、常に高い注意力が求められる職業では、この問題は非常に大きいものです。

研究によると、世界の道路事故の約20%が睡眠不足が原因とのこと。

こうした背景から、睡眠不足を客観的にかつ正確に検出する方法の開発が求められていました。

この挑戦を受けたのが、クレア・アンダーソン教授をはじめとする研究チームです。

彼らは、血中のバイオマーカーを分析することで、睡眠不足の状態を見つけ出す方法を見つけました。

この研究は、40時間にわたる起床状態を経験した参加者を用いて実施されました。

血液サンプルから、わずか5つの代謝物質を分析するだけで、参加者が24時間以上眠っていない状態を99.2%の確率で識別できたのです。

この技術がもたらす可能性は計り知れません。

睡眠不足が原因で起こる事故を減らすことはもちろん、健康管理や労働安全においても大きな進歩をもたらすでしょう。

アンダーソン教授は、アルコール検査が交通事故を減らすのに大きな役割を果たしたように、この技術も同様の効果をもたらす可能性があると語っています。

しかし、研究チームは、この検査法が広く利用されるためには、さらなる検証と改善が必要だと指摘しています。

現段階では、この技術は若年の健康な成人を対象にした研究ですが、将来的にはより広い対象者に対しての有効性が確認される必要があります。

また、現実の環境でどのように機能するか、その実用性も問われることになります。

将来的には、この検査が日常的に利用される日がくるかも知れませんね。

 

元論文:

Jeppe K, Ftouni S, Nijagal B, et al. Accurate detection of acute sleep deprivation using a metabolomic biomarker-A machine learning approach. Sci Adv. 2024;10(10):eadj6834. doi:10.1126/sciadv.adj6834

 

透析室のPCT(患者ケア技術者)の適正配置

 

アメリカでは、透析に関わるスタッフのことをPCT(Patient Care Technician:患者ケア技術者)と呼ぶのですね。

最近の研究で、これらスタッフが、透析室にどれだけ配置されているかによって、患者の健康状態にどれだけ影響するかが明らかになりました。

 

透析施設におけるPCTの役割は多岐にわたります。

彼らは複雑な透析機械の操作や消毒、治療パラメーターの設定から、血管アクセスを穿刺し、患者のバイタルサインの記録までを行います。

このように、PCTは技術的なケアだけでなく、患者の安全と快適性を守るために働いています。

研究者たちは、アメリカの腎不全患者236,126人を対象に、PCTの配置レベルが患者の生存率、入院率、そして腎移植へのアクセスにどのように影響するかを調査しました。

その結果、PCTの負担が最も高い施設(つまり技術者一人当たりの担当患者の数が多い施設)では、患者の死亡率が7%増加し、入院率が5%上昇することが判明しました。

さらに、移植待機リストへの登録率が8%低下し、移植の機会が20%減少するという結果が明らかになりました。

これらの数字は、PCTの配置レベルが単なる数値以上のものであることを物語っています。

患者とPCTの比率が高いということは、一人ひとりの技術者がより多くの患者を担当し、それぞれに対して十分な時間と注意を払うことが難しくなるということです。

残念ながら、この論文では、PCTの配置レベルについての具体的な「適正な数値」や、1人のスタッフに対する理想的な患者数については直接言及していません。

この研究はあくまでもPCTの適正配置の重要性に光を当て、配置レベルが患者のアウトカムに重要な影響を与える可能性があることを示すものです。

具体的な数値やガイドラインを提供するものではありません。

ただし、この研究の結果を足がかりに、「スタッフの適正配置」というものが煮詰められていくのでしょう。

 

元論文:

Plantinga LC, Bender AA, Urbanski M, et al. Patient Care Technician Staffing and Outcomes Among US Patients Receiving In-Center Hemodialysis. JAMA Netw Open. 2024;7(3):e241722. Published 2024 Mar 4. doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.1722

 

 

口腔の健康と認知機能

「衣食住」につながるものは欠かすことができませんし、人の体のはたらきも、それに関わるものは重要な位置づけになりますね。

例えば、食べること。

食べることの最初の入り口は、「口」です。

この口腔のはたらきが、認知機能に影響を及ぼしていることが、明らかになりました。

この研究は、高齢者の口腔機能と認知症の発症リスクとの関連性を探るものです。

75歳以上の高齢者7384人を対象に、2018年から2021年までの3年間、認知症の発症と口腔機能の関係を追跡調査しました。

参加者は全員、調査開始時点で認知症ではなく、その後のフォローアップで認知症の有無が評価されました。

口腔機能としては、咀嚼(そしゃく)機能、舌や唇の機能、そして嚥下(えんげ)機能がとりあげられました。

これらは日常生活で自然と行われる動作ですが、その一つ一つが実は私たちの脳の健康に密接に関わっているのです。

研究の結果、いくつかの発見がありました。

まず、フォローアップ期間中に415人(全体の約6%)の参加者が新たに認知症と診断されたこと。

そして、嚥下機能が低下している人は、そうでない人に比べて将来的に認知症を発症するリスクが高いことがわかりました。

さらに、日常的な歯科健診を受けていないこと、1日に2回以上歯を磨かないこと、虫歯があることも、認知症のリスクを高める要因として挙げられました。

これらの発見は、口腔健康が単に歯や歯茎の問題にとどまらず、私たちの全体的な健康、特に脳の健康に密接に関連していることを示しています。

嚥下機能の低下が認知機能に影響を与える理由の一つとして、嚥下動作が脳の活性化につながり、脳への血流量を増加させるため、その機能低下が脳への血流低下を引き起こし、認知症リスクを高める可能性が考えられます。

この研究から得られる教訓は明確です。

私たちは、日々の口腔ケアにもっと注意を払い、定期的な歯科健診を受けることの重要性を再認識する必要があります。

また、健康な食生活を心がけることで、嚥下機能の維持にも寄与することができます。

認知症は多くの場合、予防や早期発見が鍵となります。

そのためには、身体の「入り口」である口の健康が、想像以上に大きな役割を果たしているのです。

 

元論文:

Iwai K, Azuma T, Yonenaga T, et al. Longitudinal association of oral functions and dementia in Japanese older adults. Sci Rep. 2024;14(1):5858. Published 2024 Mar 11. doi:10.1038/s41598-024-56628-8

 

甘い飲み物と慢性腎臓病の発症リスク

 

「甘いもの」を取りすぎると、「体に良いことなさそう」と、何となく思いますね。

特に、甘い飲み物は、気軽に手に入る分だけ、その影響は決して小さくありません。

イギリスで行われた、この研究は、その甘い飲み物に焦点をあてて、慢性腎臓病(CKD)にどれだけ影響を与えるかを調べたものです。

慢性腎臓病は世界中で増加しており、早期に予防策を講じることが重要です。

そこで、この研究は、飲料の選択がどのように私たちの腎臓の健康に影響を与えるかを明らかにしようと試みました。

まず、甘い飲み物を3つに分けました。

1)砂糖入り飲料

2)人工甘味料入り飲料、

3)100%果汁飲料

総計127,830人の、慢性腎臓病の既往のない人々が参加者です。

平均追跡期間10.5年の間に、4459人(3.5%)が慢性腎臓病を新規に発症しました。

砂糖入り飲料を1日に1回以上摂取する人々は、そうでない人々と比較して、慢性腎臓病を発症するリスクが高まることが判明しました。

一方で、100%果汁飲料は、発症リスクと関連は見られませんでした。

さらに、人工甘味料入り飲料の摂取もCKDのリスク増加と関連しており、砂糖入り飲料からこれらの飲料への置き換えがCKD予防に役立つわけではないことが示されました。

逆に、砂糖入り飲料を100%果汁飲料や水で置き換えることは、慢性腎臓病のリスクを若干ですが有意に低下させることがわかりました。

この研究から得られるのは、私たちの飲料選択が腎臓の健康に長期的な影響を与える可能性があるということです。

特に、砂糖入り飲料や人工甘味料入り飲料の過剰な摂取は避け、代わりに100%果汁飲料や水を選ぶことが推奨されます。

これは、健康的な生活習慣を促進し、慢性腎臓病のリスクを減らすための簡単ながら効果的な方法です。

しかし、この研究には限界もあります。

その観測的な性質上、因果関係を確立することはできません。

また、飲料の摂取量や種類の自己報告には誤差が生じる可能性があります。

それでも、この研究は、私たちの日常生活の中で簡単に見過ごされがちな選択が、健康、特に腎臓の健康に長期的な影響を与えることを示しています。

結局のところ、健康への道は日々の小さな選択から成り立っています。

私たちの飲み物がただの喉の渇きを潤すものではなく、健康や病気のリスクを形作る要因の一つであることを理解することは、より良い生活習慣への一歩となるでしょう。

 

元論文:

Heo GY, Koh HB, Park JT, et al. Sweetened Beverage Intake and Incident Chronic Kidney Disease in the UK Biobank Study. JAMA Netw Open. 2024;7(2):e2356885. Published 2024 Feb 5. doi:10.1001/jamanetworkopen.2023.56885

 

 

クレアチンの補給で記憶力が向上

 

腎臓のはたらきの検査に「クレアチニン」がありますが、今回はそれではなくて「クレアチン」のお話です。

もし筋トレやフィットネス界隈の住人なら、この言葉を耳にしたことがあるかも知れませんね。

クレアチンは、私たちの体、特に肝臓、腎臓、膵臓で生成される自然な化合物です。

赤肉や魚など、特定の食品にも少量含まれています。

私たちの筋肉でエネルギー源として貯蔵され、短時間の高強度活動を支える役割を担っています。

ここで言う高強度活動とは、例えば短距離走やウェイトリフティングのようなものです。

クレアチンは、細胞の主要なエネルギー分子であるアデノシン三リン酸(ATP)の再生に不可欠で、筋肉の収縮や細胞全体のエネルギー機能を支えるために重要な役割を果たします。

多くのアスリートやフィットネス沼の方々は、このクレアチンのサプリメントを服用することで、パフォーマンスの向上、筋肉量の増加、そして高強度の運動中における力とパワーの改善を図るのです。

クレアチンサプリメントは、筋肉中のクレアチンリン酸の可用性を増やし、これが迅速にATPに変換されることで、激しい身体活動中により大きなエネルギー供給を可能にすると考えられています。

科学者たちは、健康な成人におけるクレアチンサプリメントの「記憶への効果」を検証するランダム化比較試験を集め、その結果をまとめました。

研究では、クレアチンサプリメントがプラセボに比べて記憶力を向上させる効果があることが示されました。

特に66歳から76歳の高齢者において、この効果は顕著でした。

性別、介入の期間(5日から24週間)、摂取量(1日あたり2.2から20グラム)、さらには参加者の地理的起源による効果の違いは観察されませんでした。

しかし、この研究には限界があります。

分析された実験の質が中程度であること、そして記憶機能を評価するためのツールが統一されていなかったことが、所見の正確性を制限する要因となってしまっています。

それでも、この研究は、健康な人々に対するクレアチンサプリメントの記憶に対する効果についての可能性を示しました。

この研究は、食品やサプリメントが、思わぬ形で私たちの健康や能力に影響を及ぼす可能性を示しています。

クレアチンの話は、私たちの体がどのようにエネルギーを作り出し、使用するか、そしてそれが私たちの精神的機能にどのように影響するか、一つのヒントを提供しています。

 

元論文:

Prokopidis K, Giannos P, Triantafyllidis KK, Kechagias KS, Forbes SC, Candow DG. Effects of creatine supplementation on memory in healthy individuals: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Nutr Rev. 2023;81(4):416-427. doi:10.1093/nutrit/nuac064

 

 

コーヒーの物語

 

私は、コーヒーが大好きで、白状すると、少し依存がかっています。

マラソン大会前になると、トイレ対策でカフェイン断ちをするのですが、イライラしそうになるので、スタバのデカフェで補おうとするほどです。

さて、今回紹介するTED-Edは、人類がコーヒーに魅了され続けた物語でした。

この物語の始まりは、紀元850年、ある山羊飼いが、彼の山羊がある種のベリーを食べた後に、普段とは違って活動的になったのを目撃したのがきっかけでした。

山羊飼いが自らそのベリーを試した瞬間が、人類とコーヒーの切っても切れない関係の始まりでした。

14世紀以前には、現在のエチオピアで野生のものが収集され始めました。

その後、コーヒーは貿易ルートを通じて中東へと広がり、1450年代にはその人気が高まりました。

この時代、コーヒーは単なる飲み物ではなく、コミュニティを形成し、文化的な集会の場を提供する手段となりました。

しかし、コーヒーの普及は簡単な道のりではありませんでした。

1511年、コーヒーはメッカで宗教裁判にかけられました。

この裁判はコーヒーがイスラム教徒によって飲まれるべきかどうかを問うものでした。

最終的に許可されたことで、ダマスカスやイスタンブールを始めとする様々な場所でコーヒーハウスが誕生しました。

これらのコーヒーハウスは、社会的な交流の場として、また知的な議論の中心地として機能しました。

コーヒーの物語は、その後も続きます。

1600年代後半には、ヨーロッパの帝国がアジア、ラテンアメリカ、カリブ海地域でコーヒー栽培を推進し、ブラジルは1906年には世界のコーヒー生産の80%以上を輸出するまでになりました。

この時代のコーヒーはただの飲み物ではなく、経済的な力を持つ商品となったのです。

しかし、コーヒー産業の背後には、暗い側面も存在します。

栽培の拡大は、しばしば奴隷労働や先住民族の追放、森林の破壊を伴いました。

そして、今日に至るまで、コーヒー労働者はしばしば非人道的な条件下で働いています。

これに対抗するため、倫理的な基準を満たす生産に向けた認証努力が進められています。

さらに、コーヒー産業は気候変動の影響を受けやすいことが判明しています。

コーヒー栽培に適した「ビーンベルト」は今後数十年で縮小する可能性があり、科学者たちは耐性のあるコーヒーハイブリッド種の開発を通じて、この不確実な未来に備えようとしています。

人類がコーヒーに魅了された物語は、単なる「始まりの物語」ではありません。

それは、人類の発展、文化の形成、経済の推進力、そして現代社会の課題を映し出す鏡です。

コーヒー一杯に込められた歴史を噛みしめながら、その未来についても思いを馳せるのもよいかも知れませんね。

コーヒーは私たちの日常に欠かせない一部となっていますが、その背後にある物語と課題に目を向けること、そして、持続可能な未来への一歩を踏み出すことが求められています。

怒りについて

 

怒ってしまったら、だいたい後に後悔します。

感情にまかせて怒ってしまったら、なおさらです。

気持ちがフトゥフトゥしていますし、ずっと尾を引きますし、「この怒りは正しかったのかな?」と自問自答です。

「怒り」について、昔から多くの賢人たちが頭を悩ませ、考えを巡らせてきました。

まず、古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、「怒りにも適切なタイミングがある」と言っています。

たとえば、大事な用事があるのに別の用事を言いつけられる…こんな時、怒りたくもなります。

アリストテレスによれば、この怒りが正しいかどうかは、その状況次第。前もって相談をしていたか、言いつけられた用事が適切かどうか、そういったことを考えて、怒るべきか、許すべきかを見極める必要があるとのことです。

一方で、ストア派の古代の哲学者たちは、「怒りは無駄」と考えていました。

人生は予測不可能なことでいっぱいです。

だからこそ、流れに身を任せ、怒りに振り回されずに生きるべきだと。

自然災害のように、どうにもならないことに対して怒るのは、時間の無駄というわけです。

では、怒りが湧いてきた時、私たちはどうすればいいのでしょうか。

インドの哲学者、シャンティデーヴァは、「人は感情に振り回されやすいけれど、その感情に流されずに冷静を保つべき」と教えています。

つまり、怒りに対処するためには、自分の心を落ち着け、平和を保つことが大切です。

そして、PFストローソンという哲学者は、怒りも人間関係を築く上で大事な役割を果たしていると言います。

怒りは、何か間違っていると感じた時に、その不満を伝える手段になるわけです。

これは、お互いをより良く理解するための一歩とも言えます。

では、社会において不正が行われている場面での怒りはどうでしょう。

歴史を見ても、不正に対して「これはおかしい!」と立ち上がった人たちの怒りが、社会を変えてきた例は数多く存在します。

しかし、ガンジーやマーティン・ルーサー・キング・ジュニアのような偉人たちは、怒りに身を任せると、その怒りが人を苦しめることにもなり得ると警鐘を鳴らしています。

このように、「怒り」に対する考え方は、古今東西さまざまです。

大事なのは、「今、この怒りはどう扱うべきか」ということを自分自身で見極めること。

怒りは時には正義のために必要な感情ですが、それに振り回されず、その力を正しく使うことが肝心です。

日常生活の中で感じる怒りも、大きな社会問題に対する怒りも、それぞれに正しい対処の仕方があります。

怒りを感じたら、まずは深呼吸して、なぜその怒りが湧いたのか、その怒りをどう表現するべきかを冷静に考えてみること。

怒りという感情は、理解して使い方を間違えなければ、私たちの大切な指針となり得るのですから。

だけど、あえて言います。

そんなことは、怒っていない今だから、言えることです。

 

 

声に出して読むことは、記憶の助けになるが理解するのは苦手

今日のお話は学習方法について。

社会人になっても、もちろん試験はあります。

かつて資格試験を受験する際には、前日からホテルに泊まり込んで最後の悪あがきをしたものでした。

もともと暗記ものは得意ではないのですが、年齢とともにますます苦手になってきました。

声に出して読んだり、実際にペンをもって書いたりして、悪戦苦闘です。

かつて20世紀初頭にさかのぼる研究から、「声に出して読むこと」が記憶の助けになると言われてきました。

これは後に「プロダクション効果」と名付けられ、記憶の向上に有効であることが広く認められるようになりました。

しかし、この方法がテキストの深い理解、つまり読んでいる内容の本質や概念を捉える能力にどのように影響するかは、これまであまり明らかにされていませんでした。

この疑問に対し、シカゴ大学のブレイディ・R・T・ロバーツ博士らが興味深い研究を発表しています。

この研究は、声に出して読むことが記憶だけでなく、テキストの深い理解にも役立っているかどうかを探るものです。

彼らは、異なる条件下での読み方(声に出して読む、静かに読む、通常とは異なるフォントで読む)が、記憶と理解にどのような影響を与えるかを調べました。

参加者はランダムに割り当てられた条件下でテキストを読み、その後、記憶と理解の両方を評価するためのテストを受けました。

結果は予想を超えるものでした。

声に出して読むことが、確かに記憶の保持には有効であることが再確認されました。

しかし、「深い理解」に対しては同様の効果は観察されませんでした。

記憶と理解は密接に関連していると思われがちですが、この研究は両者が必ずしも同じ方法で得られるわけではないことを示しています。

特定の学習目的に応じて、最適な学習方法を選択する必要があるということですね。

例えば、試験前に重要な用語や定義を覚える必要がある場合、声に出して読む方法は非常に有効かもしれません。

一方で、新しい概念を理解し、それらの概念がどのように相互に関連しているかを深く理解する必要がある場合は、単に声に出して読むだけでは不十分ということになります。

この研究から得られる洞察は、教育現場や個人の学習方法に対して、重要な意味を持ちます。

教師や学習指導者は、生徒や学生がテキストをどのようにして最も効果的に理解し、記憶に留めることができるかを考える際、これらの結果を考慮に入れるべきでしょう。

また、学習者自身も、自分の目的に最も合った学習方法を選択するために、このような研究結果を参考にした方がいいかも知れません。

 

元論文:

Roberts BRT, Hu ZS, Curtis E, Bodner GE, McLean D, MacLeod CM. Reading text aloud benefits memory but not comprehension. Mem Cognit. 2024;52(1):57-72. doi:10.3758/s13421-023-01442-2

 

食物繊維のサプリメントと「腸脳力」

 

食物繊維のサプリメントというと、お通じをよくするイメージです。

ところが、最近はもっぱら腸内細菌叢が果たす「腸脳力」がトピックですから、食物繊維の効果もその領域まで広がっていきます。

ある研究が、食物繊維のサプリメントが、年配者の脳機能に微妙ながら明確な変化をもたらしたと報告しています。

研究チームが行った実験では、65歳以上の双子を対象に、一方にはプレバイオティクス(腸内の善玉菌の増殖を助ける食物繊維)を含むサプリメントを、もう一方にはプラセボ(効果のない偽薬)を与えました。

そして、3ヶ月間毎日摂取を続けてもらい、その間に記憶力や思考能力をテストする一連の試験を実施しました。

その結果が、興味深いのです。

プレバイオティクスを摂取したグループは、プラセボを摂取したグループと比較して記憶テストで明らかに優れた成績を収めました。

特に、アルツハイマー病の早期発見に有用な「ペア関連学習テスト」での成績が顕著で、プレバイオティクスグループは半分の誤差数で済みました。

さらに、このグループの便サンプルを分析したところ、有益なビフィズス菌などの細菌が増加していることが確認されました。

この発見は、高齢者の脳機能と記憶力向上に対してのヒントがあるように思います。

この研究はまだ始まったばかりですが、日々の生活に簡単に取り入れることができますし、サプリメント自体のコストもそんなにかからず、安全に摂取できます。

「腸脳力」を磨くために、食物繊維をとるのもいいですね。

 

元記事:

https://theconversation.com/daily-fibre-supplement-improves-older-adults-brain-function-in-just-three-months-new-study-224885

 

 

一流ジャズミュージシャンの脳の中

 

私のような凡人が、「フロー状態」のことをなんとなくわかったような気になっているのは、例えば、アニメ映画「スラムダンク」のクライマックスシーンでイメージしたり、トップアスリートのインタビューなどで、ある程度言語化が試みられているからです。

「その瞬間」は、まるで時間が止まり、周囲の世界がぼんやりと背景に溶け込んでいくかのような感じでしょうか。

高校時代に徹夜して油絵の課題に取り組んでいた時に、なんだか似たような経験をした記憶もあるのですが、オイルのせいだったのか睡眠不足のせいだったのかは定かではありません。

フロー状態になると、集中力が高まり、手がけている作業に完全に没頭し、心地よい充実感に包まれます。

この心理状態を、科学的に解明しようとした研究があります。

しかも、着眼点が面白いのです。

ジャズミュージシャンのアドリブ(即興演奏)を通じて、フロー状態にいたった時の脳内で、何が起きているのかを探求したのです。

研究者たちは、ミュージシャンのあの表情はきっとフロー状態に違いないと勘づいてしまったのでしょうね。

この研究では、32人のジャズギタリストが参加し、彼らの脳活動が高密度脳波計(EEG)で記録されました。

参加者は、様々な経験レベルにわたり、即興演奏のタスクに挑戦し、その間のフロー体験の程度を報告しました。

このアプローチは、科学的探求と音楽の即興という、一見異なる二つの世界を巧みに融合させたものです。

研究の核心は、「フローを達成するには、豊富な経験と、意識的なコントロールを手放す能力が必要である」という発見でした。

経験が深まることで、脳は専門化されたネットワークをより効率的に活用し、創造的なプロセスを直感的に導くことができるようになります。

一方で、「手放す」とは、余計な意識的な介入を減らし、タスクに対するより自然で流動的なアプローチを可能にすることを意味します。

興味深いのは、フロー状態にあるときの脳は、特定の領域で活動が増加する一方で、意識的なコントロールに関わる前頭皮質の活動が一時的に低下したことでした。

これは「一時的な前頭葉機能低下」と呼ばれ、創造的なタスク実行をより流動的で直感的にするメカニズムとされています。

つまり、フロー状態は、高度な集中とリラックスのバランスから生まれるのです。

まさしく「達人の境地」と言えるでしょう。

この研究はまた、経験の深さがフロー体験の質に大きな影響を与えることも示しました。

経験豊富なミュージシャンは、より頻繁に、そしてより深いフロー体験を報告しました。

ジャズ界の大御所、チャーリー・パーカーがかつて語った言葉が印象的です。

「楽器を学び、練習し続けなさい。そして、ステージに立ったら、それらすべてを忘れて、ただ吹きまくれ。」

この言葉は、まさにフロー状態にいたる本質を言い当てていませんか?

つまり、専門性を高め、そしてその専門性がある程度に達したら、意識的なコントロールを手放し、直感に身を任せるのです。

このバランスが、創造性を最大限に引き出す鍵となるわけです。

 

元論文:

Rosen D, Oh Y, Chesebrough C, Zhang FZ, Kounios J. Creative flow as optimized processing: Evidence from brain oscillations during jazz improvisations by expert and non-expert musicians. Neuropsychologia. Published online February 21, 2024. doi:10.1016/j.neuropsychologia.2024.108824