アルコールと健康リスク
アルコールは長く「健康に良い」と信じられてきました。特に赤ワインは心臓によいイメージをもたれ、少量の飲酒が体に良いという説も広がっていました。しかし、近年の研究や国際機関の見解によると、その考え方は変わりつつあります。たとえば世界保健機関(WHO)は2020年、アルコールをアスベストやタバコと同じ「クラス1の発がん性物質」に分類しました。さらに医学誌『ランセット』が2018年にまとめた大規模調査では、「どの種類のアルコールにも健康上のメリットは確認されない」とされています。
一部の医師たちは「安全な飲酒量は存在しない」と考え、アメリカ公衆衛生局長はアルコールラベルへの「がん警告」表示を提案しています。一方で、アメリカの医師のおよそ3分の1は「週1~3杯程度であれば安全」と見なしているという調査結果もあり、医学の現場では意見が分かれています。医師自身の行動を見ても、過去1年で飲酒量を減らした人は約60%にのぼりますが、その理由の約49%が「アルコールの健康リスクへの懸念」でした。とはいえ、医師たちの飲酒率自体は一般の人々と大差がないと報告されています。
病院や学会のイベントでもアルコールが提供されることは多いのですが、最近はノンアルコール飲料の選択肢も増えました。このような変化の背景には、「ドライ・ジャニュアリー (Dry January)」と呼ばれる、1月に飲酒を控える取り組みが広まっていることがあります。1月に限らず、日頃からアルコールの摂取量を減らすことで、体調管理が容易になるだけでなく、健康意識の向上にも繋がると言われています。アイルランドでは、アルコール製品への発がん性警告表示が義務化されるなど、世界的に飲酒習慣を見直す動きが広がっています。
アメリカの「2020-2025年食事ガイドライン」では、男性は1日2杯以下、女性は1日1杯以下といった節度ある飲酒を推奨しています。ただし心臓専門医のマイケル・ファルクー医師は「できるだけ飲まない方が望ましい」と述べ、患者への指導にも反映しているそうです。一方で、ニューヨークの家庭医ナビア・マイソール医師は「楽しみ方の一部として飲むのであれば問題は少ない」とし、ノンアルコール飲料への切り替えを提案しています。
社会的な場面ではアルコールが円滑なコミュニケーションの要素として扱われることも事実です。とはいえ、ノンアルコールカクテルや他の集まり方を工夫すれば、健康を損なうリスクを避けながら人と楽しく交流できます。アルコールがかつて「健康を支える飲み物」と見なされた時代から、「リスクが否定できない飲料」と再評価される現在、飲む量や付き合い方を見直す大切さが再認識されているといえます。
「ドライ・ジャニュアリー」という言葉が示すように、一時的に飲酒を控える習慣が心身の変化や意識改革のきっかけになるかもしれません。少量でもリスクが否定できないのなら、一度アルコールとの距離感を考えてみる意義はあるといえます。飲み方を含むライフスタイルの調整が、健康だけではなく、広い意味で社会の価値観を変える力になると期待されています。
参考文献:
Burton R, Sheron N. No level of alcohol consumption improves health. Lancet. 2018;392(10152):987-988. doi:10.1016/S0140-6736(18)31571-X