映画『インサイド・ヘッド』では、少女の頭の中に感情の舞台が広がり、成長とともに装置の配線が組み替わっていきます。
あの鮮やかな変化は、実際の脳の中で起きている“配線の折れ曲がり”と重なります。
今回の研究は、0歳から90歳まで4216人の脳画像を集め、白質ネットワークの形が人生のどこで大きく方向転換するかを追いました。
脳を90の領域に分け、互いのつながりをグラフ理論の指標で測り、年齢に沿った“ネットワーク地図”を描いています。
大量のデータを、年齢という一本の軸に沿ってたどったとき、脳の配線図には急に向きを変える地点が現れました。
その“曲がり角”は四つ。
9歳、32歳、66歳、83歳。
脳は直線的に変化するのではなく、あたかも長い旅路の途中で数度、大きく舵を切るように姿を変えていました。
9歳までの脳は、道が多すぎる成長中の都市に似ています。
あらゆる方向へ進めるが、交通はまだ整理されていません。
9歳を越えると、主要道路が太くなり、街区のまとまりが整っていきます。
少年少女の脳が予想外の柔軟さを見せる背景には、この混雑と拡張が同時に走る都市の姿があります。
32歳は、都市がもっとも自在に動ける時期として立ち上がります。
中心街と周辺がよく結びつき、どこへ行くにも最短のルートが開ける。
この節目を思えば、古くから「三十にして立つ」と言われてきた感覚とも響き合います。
街の路線が揺らぎの少ない骨格を持ち始め、脳の配線もまた“自分という都市”の形を整えはじめる。
32歳を越えると、広がり続けた道路網はいったん収束方向へ転じ、区画ごとの性格がくっきりしていきます。
視覚は視覚、記憶は記憶として輪郭が固まり、都市の個性が固定される段階に入ります。
66歳を過ぎると、裏道の一部が閉じはじめ、交通の中心となる交差点が相対的に目立ちます。
老化とは“街が縮む”ことではなく、役割の濃淡が再編され、重点が置かれる地点が変わる現象として描かれます。
都市の内部構造が再配置されることで、脳は別の均衡を探りはじめます。
83歳を越えると、年齢とネットワークの関係は弱まり、個性が浮かび上がります。
街の姿は年齢よりも、その人が歩いてきた生活の道筋に左右されるようになります。
経験・習慣・身体・好奇心―それらが道路の太さや方向を左右しはじめる時期です。
この研究にはいくつかの盲点があります。
この地図も万能ではありません。
これは一瞬を切り取った航空写真のような横断データであり、一人の人間が年月をかけてどのように街を作り変えてきたのかという歴史までは映し出せません。
道路の位置は見えても、そこで何が流れ、どんな渋滞や巡回が起きているかまでは読み取れないのです。
さらに、基盤となるデータは欧米の大型プロジェクトに偏っており、文化や生活習慣の異なる地域では都市の成り立ちがまったく違う可能性があります。
83歳以降のサンプルが限られる点も、老年期の地図を曖昧にする要因になります。
『インサイド・ヘッド』の記憶の玉が複雑な色へと変わっていくように、私たちの脳も長い旅路で幾度も曲がり、姿を変え続けています。
自分はいま、どの街に暮らしているのか。
次の一歩を選ぶために、その風景をしっかりと見渡しているのですね。
参考文献:
Mousley, A., Bethlehem, R.A.I., Yeh, FC. et al. Topological turning points across the human lifespan. Nat Commun 16, 10055 (2025). https://doi.org/10.1038/s41467-025-65974-8

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
