映画『オデッセイ』で、取り残された宇宙飛行士が火星の砂にジャガイモ畑をつくる場面があります。
乾いた赤い地面に、人間の排泄物や残り物を混ぜ、酸素や水を与えることで、「ただの砂」が食料を生み出す場へと変わっていきます。
生命のないはずの土に、人間が無理やり「いのちの回路」を持ち込む場面です。
土壌からCO₂が放出されるとき、原因は微生物の呼吸だと考えられてきました。
しかし、微生物を徹底的に減らした土でもCO₂が出続ける現象が長く報告されてきました。
細胞がいないのに有機物が酸化される。
この“空白の代謝”の正体は明確ではありませんでした。
研究チームは草地土壌をガンマ線で照射し、微生物の働きを失わせた状態で163日間観察しました。
生きた土を並べ、さらにグルコースやクエン酸を¹³Cで標識して加え、その行方を追いました。
殺菌土は開始直後に生きた土の約6割の速度でCO₂を放出し、時間が経っても反応を維持していました。
¹³Cで標識した有機分子も、細胞が存在しない環境でCO₂へ変わり続けていました。
有機物が“どこかで”酸化されている構造が浮かび上がります。
次の実験は、土そのものを電池のように扱いました。
4.8年間保存していた殺菌土を縦長の装置に詰め、上を酸素のある層、下を酸素の乏しい層に分けます。
そこにピルビン酸を加えると電流が立ち上がり、追加すれば再び増えました。
電子が土の内部を移動し酸素へ向かう経路が存在する。
その“配線”をつくるのは、粘土鉱物や金属酸化物など無機成分と考えられます。
観察はさらに長期に延ばされ、6.7年寝かせた殺菌土でもCO₂放出が持続しました。
反応の速い短命の触媒と、7年以上働き続ける長命の触媒が組み合わさっていると推定され、後者は酵素ではなく無機物が担っていると考えられます。
生命がいなくても、土は独自の化学回路を保ち、有機炭素をCO₂へ運ぶ力を持つという描像が生まれます。
こうした反応は、地球の炭素循環を考えるうえで重要です。従来モデルが前提としてきた“微生物が唯一の主体”という構図では説明できない部分が生じるからです。
ただし、この研究は一種類の土壌での観察であり、他の環境でも同規模の反応が起きるかは今後の検証が求められます。
『オデッセイ』で火星の砂が条件を与えられて動き始めたように、生命がいなくなった土の中にも反応だけが続く場所があります。
地面の下で、光の届かない層をすり抜けながら電子がひと筋の線となって酸素へ向かう。
その見えない回路をたどることは、地球の未来だけでなく、生命が生まれる前の惑星の呼吸を描く一枚のフィルムになるはずです。
参考文献:
Bouquet C, Kéraval B, Traikia M, et al. Nonliving respiration: Another breath in the soil?. Sci Adv. 2025;11(46):eadw9065. doi:10.1126/sciadv.adw9065

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
