古いレコードは、針がわずかに逸れただけで同じフレーズを延々と繰り返すことがあります。
旋律の流れが断ち切られ、円環の中へ閉じ込められる瞬間です。人の心にも、この「針飛び」が起こります。
鍵を何度も確認したり、決まった手順を守らないと落ち着かなかったり。
長く“意志”の問題として片付けられてきた反復行動に、脳の配線が深く関わっていることを示した研究があります。
ストックホルムの研究チームが着目したのは、脳の深部にある側坐核です。
ここは快楽や報酬、意欲を司る中心で、その内部には「ストリオソーム」と呼ばれる小さな区画が点在します。
いわば「快楽担当大臣」の執務室の奥にある、見過ごされがちな特殊な一角です。
研究者たちは、この区画から視床下部へ伸びる神経線維に光操作の仕組みを組み込み、40ヘルツの刺激を加えました。
すると、マウスは床材をひたすら掘り始めました。
餌を探すでもなく、巣穴をつくるでもなく、ただ掘る。
行動の優先順位そのものがねじれたように、前足だけが止まらなくなったのです。
さらに、極限まで空腹にさせたマウスの目前に餌を置いた実験でも、彼らは掘削を選びました。
仲間が近づいてきても無視し、社会的な関わりよりも掘る行動を優先しました。
これは“やりたいからやる”反復ではなく、“何かを振りほどくためにやらざるをえない”反復です。
鍵となったのは、ストリオソームから視床下部を経由し、外側手綱核へ届く線でした。
視床下部は食欲や行動の切り替えを統合する司令塔で、外側手綱核は“不快”を処理する領域です。
この経路が活性化すると、不快の信号が内部で立ち上がり、その信号をかき消すために掘削が続いたと考えられます。
反復行動の正体が、快楽ではなく“過剰な警戒”の反応であることを示す回路です。
光刺激を止めると、マウスは我に返ったように餌を食べ、毛づくろいをし、仲間へ近づきました。
針が溝から外れ、音楽が再び流れ出すように、行動のリズムは元へ戻りました。
生存のために進化してきた“繰り返しを支える仕組み”は、本来なら生活の安定を担いますが、その仕組みが偏ると行動を円環の中に閉じ込める力へ変わります。
診療室で出会う人々の中にも、何か見えない信号に追われるように行動を繰り返す方がいます。
意志の弱さではなく、脳の深部に刻まれた配線の問題なのかもしれません。
科学がその溝の正体を明らかにしつつある今、誰かの心のレコード針をそっと持ち上げる術も、少しずつ形になっていくはずです。
参考文献:
Contesse T, Bektash BY, Graziano M, et al. A striosomal accumbens pathway drives stereotyped behavior through an aversive Esr1+ hypothalamic-habenula circuit. Sci Adv. 2025;11(47):eadx9450. doi:10.1126/sciadv.adx9450

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
