映画『ヒューゴの不思議な発明』には、止まった自動人形の内部で、少年が小さな歯車の欠けを見つける場面があります。
大きな機構よりも、見落としがちな細部が全体の動きを左右する。その構図は、細胞の中にも息づいています。
細胞の内部には、“荷物運びのトラック”のようなタンパク質が走っています。
そのひとつがキネシンで、決められた道(微小管)に沿って荷物を届けます。
この“トラック”は1秒に1マイクロメートルほど進みます。
毎秒0.001ミリという小さな移動でも、細胞の大きさを考えると、街の中を一気に数十メートル進むような速さになります。
今回の研究が探ったのは、このキネシン-2がどの荷物を運ぶのかを、どのように選んでいるのかという点でした。
研究チームは、特殊な顕微鏡でキネシン-2の“しっぽ”部分を原子の形が見えるほどの細かさで観察しました。
すると、その内部に、フックのような連結部品が隠れていることがわかりました。
この構造はHAC(ハック)ドメインと呼ばれ、荷物と“仲介役”の二者を同時につなぐための部品として働いていました。
この連結フックには二つの役目があります。
* 荷物を受け渡す“仲介役”のタンパク質KAP3をつかむ
* 実際の荷物であるAPC(細胞の形づくりに関わるタンパク質)もつかむ
つまり、キネシンはこのフックの形によって、運ぶ相手を正確に選んでいるのです。
研究では、このフックのほんのわずかな形の違いが、輸送そのものを止めてしまうことも示されました。
フックをつくるアミノ酸を3つ入れ替えただけで、APCがほとんど運べなくなり、神経細胞内での移動速度も移動距離も減っていました。
細胞の中でのAPCの分布さえ変わってしまったのです。
ヒューゴの自動人形が、小さな歯車の欠損で動きを失っていたように、細胞の輸送も小さな“つなぎ目”の形に左右されます。
大きな装置ではなく、見えない部分の工夫が細胞の活動を支えています。
一方、キネシンのしっぽ全体は柔らかく、まだ観察しきれていない領域も残っています。
連結フックの周囲には“スイッチ”のような仕組みが潜み、細胞の状態に応じて荷物の選び方を切り替えている可能性もあります。
少年が歯車を正しくはめた瞬間、自動人形は再び動き始めました。
細胞の中でも、フックのような連結部品が荷物をつかんだ瞬間に輸送の旅が始まります。
生命の仕組みは、この小さな接続点の形にひっそりと支えられています。
参考文献:
Jiang X, Danev R, Ichinose S, et al. The hook-like adaptor and cargo-binding (HAC) domain in the kinesin-2 tail enables adaptor assembly and cargo recognition. Sci Adv. 2025;11(43):eady5861. doi:10.1126/sciadv.ady5861

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
