“予測”する社会が次に望むもの―AIが挑む地震の未来図

“予測”する社会が次に望むもの―AIが挑む地震の未来図

 

映画『カリフォルニア・ダウン』(2015年、ブラッド・ペイトン監督)には、巨大地震の前触れを捉えた研究者が、迫る破壊の気配をどうにか伝えようとする場面があります。

都市の地表がわずかに揺れ、その変化がやがて大きな崩壊へとつながっていく寸前の“数秒間”。

あの緊張はフィクションでありながら、現実の地震が持つ残酷な時間軸と重なります。

揺れが始まったその瞬間、地表をどこへ波が走り、どこが強く揺れるのか。

この“ほんの数秒先”への視線こそ、現代社会が切望している能力です。

 

従来の地震早期警報には、根本的な制約があります。

震源位置やマグニチュードを素早く推定し、その値から揺れの大きさを計算する仕組みは、初期推定の不確実さに揺さぶられます。

マグニチュードは発生直後には安定せず、わずかな誤差が警報全体の信頼性を損なうことも珍しくありません。

さらに、経験式に依存する揺れの予測は、地盤構造や盆地での増幅など、地域ごとの複雑な条件を完全には反映できません。

揺れそのものの“広がり方”を直接描く技術が求められていました。

 

この課題に対して、論文が提示する WaveCastNet は、まったく異なる方向から突破口を開こうとします。

モデルは、地震発生後のごく短い波形だけを手がかりに、地表をどのような波が走るのかを時空間的に連続して生成していきます。

Encoder–Decoder 形式に加え、ConvLEM(Convolutional Long Expressive Memory)という時系列と空間情報の双方を保持できる仕組みを採用することで、地震波の複雑なパターンを一つの“流れ”として捉えます。

訓練には、サンフランシスコ湾岸地域の三次元地下構造を使った広域シミュレーション波形が使われ、観測点が密集している状況も、ShakeAlert のように疎な配置も扱える柔軟性を備えています。

 

観測点が密な条件では、P波・S波の進行、盆地での増幅、散乱波の広がりに至るまで、地震波特有の動きが自然な形で再現されました。

観測点が限られた条件でも、ピーク地動速度(PGV)とその到達時刻は大局的に復元され、誤差は複雑な地盤構造をもつ局所領域に集中しました。

PGV の偏りは ±5% 程度 に収まり、限られた観測から広域の挙動を描く能力として実務的にも十分な精度です。

 

考察で際立つのは、WaveCastNet が“震源パラメータを推定しない”という点です。

揺れの未来を、震源ではなく“波そのものの現在”から推し進める発想は、従来の経験式ベースの予測概念を根底から刷新します。

さらに、訓練に含まれない M6 規模の有限断層や、2018 年 Berkeley 地震の実観測に対しても、主要動の形・持続時間・波形の特徴を大局的にとらえ、ゼロショットでの適用可能性を示しました。

ここには、AIが地震波の“構造”そのものを理解しようとしている気配があります。

一方で、地震規模が大きくなると振幅が過小評価されやすい、0.5 Hz 以下の低周波に限定されている、高周波帯が扱えない、地下構造モデルとの不一致が到達時刻のズレとして現れる―などの限界が残ります。

実装を視野に入れるなら、より広帯域での学習や、実観測データによる調整が欠かせません。

 

それでも、文章を締めくくる段になって浮かび上がるのは、ひとつの確かな輪郭です。

映画で描かれた“わずかな前触れから未来を読み取ろうとする姿”は、今日の科学において単なる物語ではなくなってきました。

AIが揺れの行方を数秒先から描き出し、波動の未来を形として示し始めた今、私たちは大地が次に見せる姿を以前より少しだけ深く理解できる地点に立とうとしています。

この技術の先には、社会が求めてきた“予測する力”の新しい形が確かに息づいています。

 

参考文献:

Lyu, D., Nakata, R., Ren, P. et al. Rapid wavefield forecasting for earthquake early warning via deep sequence to sequence learning. Nat Commun (2025). https://doi.org/10.1038/s41467-025-65435-2

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。

 

YouTubeもあります。