ウイルスの再活性化が脳に刻む影―帯状疱疹と認知症の意外な関係

ウイルスの再活性化が脳に刻む影―帯状疱疹と認知症の意外な関係

 

先日、帯状疱疹でひどい痛みに悩む患者さんを診察しました。

電気が走るような、焼けるような痛みが昼夜を問わず続くと言います。

この病気は、多くの人が子供の頃にかかる水ぼうそうのウイルス(水痘・帯状疱疹ウイルス)が、神経に潜伏し、何十年も経ってから再び目を覚ますことで起こります。

皮膚の症状が治っても神経痛が長く残ることがあり、その辛さは計り知れません。

しかし、この潜んでいたウイルスが、私たちの脳―記憶や思考の働きにまで影響を及ぼす可能性について、これまで深く考えたことはありませんでした。

 

このウイルスと認知症の関連を大規模なデータで解き明かした研究が、医学雑誌『Nature Medicine』に発表されました。

これまでの研究でも両者の関係は報告されていましたが、どれほどの関連があるのかは不明瞭でした。

今回の研究の特筆すべき点は、その圧倒的な規模と精度にあります。

研究者たちは、米国の1億人を超える電子カルテ記録を使い、機械学習という技術で、年齢や性別、持病、生活習慣といった約400項目もの個人差を調整しました。

これにより、他の要因の影響を限りなく減らし、ウイルス再活性化と認知症の関係性をより正確に示したのです。

 

解析から見えてきた結果は、私たちの認識を新たにしました。

* 帯状疱疹を2回以上経験した人は、1回の人に比べ、3〜9年後の認知症リスクが7〜9%高かった。

* 帯状疱疹ワクチンを接種した人は、比較対象の肺炎球菌ワクチンを接種した人に比べ、認知症リスクが明らかに低かった(不活化ワクチン2回接種で3年後に27%低下)。

* ワクチンの効果は接種回数にも比例し、不活化ワクチンを2回接種した人は、1回だけの人よりも5年後の認知症リスクが約19%低減した。

 

これらの結果は、ウイルスの再活性化が認知症発症のプロセスに関与していることを強く示しています。

再活性化は、脳の中で静かにくすぶる「火種」のようなものかもしれません。

帯状疱疹という目に見える炎症にならなくても、ウイルスが体内で活動を再開するたびに、神経系に微細な炎症という火の粉を散らしている。

その小さな火種が繰り返し燻ることで、やがて認知機能という大きな建物を揺るがす大火事へとつながっていくのです。

ワクチンは、その火種を消し、あるいは勢いを弱める「消防士」のような存在だといえます。

 

なお、このテーマについては、4月27日付のブログ記事「帯状疱疹ワクチン接種が認知症予防に役立つ?」でも触れました。

そちらではイギリス・ウェールズで行われた自然実験を紹介しましたが、今回の研究はアメリカの電子カルテ1億件を解析したもので、同じテーマをより大規模かつ機械学習の手法で検証した点が異なります。

 

もちろん、これは観察研究の結果であり、「ウイルスが認知症の直接の原因だ」と断定するものではありません。

データで調整しきれない未知の要因が影響している可能性は残ります。

 

診察室で患者さんの痛みに耳を傾けるとき、これからはその皮膚の下で起こっていること、そしてその先に広がる脳への影響にも思いを馳せることになりそうです。

帯状疱疹の予防が、単に痛みを避けるだけでなく、将来の認知機能を守るための選択肢になるかもしれない。

この発見は、私たちにウイルスとの付き合い方を改めて考えさせてくれるものと思います。

 

参考文献:

Polisky V, Littmann M, Triastcyn A, et al. Varicella-zoster virus reactivation and the risk of dementia. Nat Med. Published online October 6, 2025. doi:10.1038/s41591-025-03972-5

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。