孫の世話は、高齢者の脳の健康につながる―祖父母の育児参加と認知機能を調べた心理学研究

孫の世話は、高齢者の脳の健康につながる―祖父母の育児参加と認知機能を調べた心理学研究

 

「孫はかわいいけれど、1日ずっと一緒に過ごすのは疲れる」と、母はよく言っていました。

体力的な理由だけではなく、気持ちのほうが先に疲れるのだそうです。

質問に答え、様子をうかがい、先回りして動く。

その積み重ねが、あとからじわっと残るのだと言っていました。

 

子育ての責任から解放されたのだから、少し距離を保ち、かわいがるだけでいい。

年を重ねたら、重たい役割は手放したほうがいい。

母の考えは自然ともいえます。

 

ただ、この「疲れる」という感覚は、本当に消耗だけを意味しているのでしょうか。

体を酷使したわけでもないのに残る疲れ。

その正体を、別の角度から眺めた研究があります。

祖父母が孫の世話をしている日々と、記憶や言葉の働きを長い時間軸で追った心理学の研究です。

 

高齢期の認知機能を保つ要因については、これまで多くの視点が提示されてきました。

運動や読書、社会活動などが代表的です。

一方で、家族内で果たす役割、特に祖父母として孫に関わることが、どのような影響を持つのかについては、評価が分かれてきました。

生きがいや張り合いにつながるという見方がある一方で、負担や義務感が心身に影響する可能性も指摘されてきたからです。

 

この研究では、「孫の世話をしているかどうか」という単純な区分にとどまらず、その関わり方を細かく見ています。

50歳以上の人々を対象とした長期調査データを用い、祖父母として孫の世話をしている人と、そうでない人を比較しました。

年齢や教育歴、健康状態が近い人同士を対応させ、もともとの差が結果に影響しにくいよう工夫されています。

認知機能は、制限時間内に動物名を挙げる課題(言葉を引き出す力)と、単語を覚えて思い出す課題(体験を記憶に保つ力)で評価されました。

 

観察されたのは、孫の世話をしている祖父母のほうが、これらの課題で高い得点を示す傾向があるという点でした。

この違いは、祖母と祖父のいずれにも見られます。

ただし、時間の経過を追うと、変化の仕方に差がありました。

祖母では、世話をしている人のほうが、認知機能の低下が緩やかでした。

一方、祖父では、開始時点の得点は高いものの、その後の低下の速さは、世話をしていない人と大きく変わりませんでした。

 

さらに詳しく見ると、どれくらい頻繁に世話をしているか、何をしているかといった点は、その後の変化を直接説明しませんでした。

ほぼ毎日のように関わる人も、ときどき手伝う人もいましたが、日数の多さが有利に働いたわけではありません。

遊び相手になる、食事を用意する、送迎する、宿題を手伝うといった活動の種類についても同様です。

種類が多い人ほど、もともとの得点が高い傾向はありましたが、低下の速さを左右する決め手にはなっていませんでした。

 

祖母でのみ、時間の経過に伴う違いが残った理由は、能力の差というより、役割の置かれ方の違いとして考えるほうが自然です。

多くの家庭で、孫に関わる場面では、祖母が状況の判断や段取りを主に担っています。

何時に何をするか、どこまで手を出すか、どこで引くか。

その都度、小さな選択が求められます。

 

一方、祖父の関わりは、祖母の判断に並走する形になりやすい傾向があります。

遊び相手や送迎といった具体的な行動はあっても、全体の流れを組み立てる役割は、必ずしも中心ではありません。

研究でも、実際に行っている活動の種類や頻度には男女差があり、祖母のほうが幅広い関与をしていました。

 

ここで重要なのは、行動の量ではなく、判断を引き受けているかどうかです。

孫の様子を見て対応を変える。親世代との距離感を調整する。

先回りしすぎないよう自制する。

こうした調整は、正解が一つではない状況で続けられます。

その積み重ねが、記憶や言葉を切り替える力の使われ方に影響している可能性があります。

 

私の母が感じていた「気持ちの疲れ」は、消耗というより、判断を手放していないことの痕跡だったのかもしれません。

役割から完全に降りきらず、距離を保ちながら関わり続ける。

その状態が、結果として認知機能の変化に違いを残したと考えると、この差は過度に不思議なものではなくなります。

 

もちろん、この研究には限界があります。

世話が自発的だったのか、義務として感じられていたのかは測定されていません。

調査期間中には、社会環境の変化も重なっています。

因果関係を一方向に決めることはできません。

ただ、祖父母の育児参加を「良いか悪いか」「多いか少ないか」で判断する視点から離れ、関わりという状態そのものを見直す材料は残されています。

 

孫と過ごしたあとの疲れは、確かにあります。

それは避けたほうがよい負担なのか、それとも、役割を担い続けている証として現れる感覚なのか。

研究が投げかけているのは、そのどちらかを選ばせる問いではありません。

家の中に入り込む子どもの気配が、年を重ねた思考の使われ方に、どんな形で関与しているのか。

その答えはまだ一つに定まらないまま、私たちの身近な日常の中に残っています。

 

参考文献:

Chereches FS, Olaru G, Ballhausen N, Brehmer Y. Grandparents’ cognition and caregiving for grandchildren: Frequency, type, and variety of activities. Psychol Aging. Published online January 26, 2026. doi:10.1037/pag0000958

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。