若いころ、成功哲学や自己啓発書を手当たり次第に読んでいた時期がありました。
誰の言葉だったかは思い出せませんが、「諦める一歩先に必ず宝がある」という一文は、今も胸に残っています。
その言葉と重なるように思い浮かぶのが、ある風刺画です。
泥だらけの金鉱掘りが、地下深くまで坑道を掘り進め、あと数十センチで金脈に届くというところで、つるはしを置き、引き返してしまう。
振り返った背中のすぐ向こうで、岩の奥が鈍く光っている。
その距離の短さが、かえって残酷に描かれています。
ただ、この絵を見るたびに引っかかっていました。
本当に問題なのは、宝の場所を知らなかったことなのでしょうか。
あるいは、努力が足りなかったからなのでしょうか。
そうではなく、つるはしを置く直前、彼の内側で起きていた何かこそが、決定的だったのではないか。
そんな違和感が残ります。
私たちは日常のなかで、不本意な成績や成果という「フィードバック」に何度も直面します。
そのたびに、「諦めるか、続けるか」という分かれ道に立たされる。
その瞬間、心の中では何が起きているのか。
この問いに、心理学の研究が一つの視点を与えています。
研究チームが注目したのは、期待外れの結果を受け取った直後、人がどのように気持ちを立て直しているかという点でした。
嫌な感情をやり過ごす方法としては、別のことを考えて気を紛らわせるやり方と、出来事の意味を捉え直すやり方が知られています。
前者は注意をそらし、後者は意味づけを組み替える。
その違いは、気分の回復だけでなく、その後の行動にも影響します。
実験では、参加者に高い目標を課し、多くの場合「失敗」と受け取られる水準のフィードバックを与えました。
その直後、参加者はそれぞれの方法で気持ちを整えます。
そして最後に、もう一度課題に挑戦するかどうかを自分で選びました。
この選択が、目標への関わりが続いているかどうかを示す行動として扱われました。
当初、研究者たちは「意味を捉え直すこと」自体が、目標への意欲を支えると考えていました。
ところが、391人を対象とした結果は、もう少し複雑でした。
単に前向きに言い換えるだけでは、目標を追い続ける力には結びつかなかったのです。
「以前よりは良くなった」「これは単なる実験だ」といった捉え直しは、気持ちを和らげはしても、その後の行動を変える決め手にはなりませんでした。
一方で、明らかに「もう一回」を選びやすかった人たちがいました。
彼らが共通して用いていたのは、「次に何をするか」が具体的に浮かぶ捉え直しでした。
自分の関与を確かめたり、次の改善点を思い描いたりする思考です。
感情をなだめるだけでなく、次の行動へと視線をつなぐ捉え直しが、折れかけた関心を再び目標に結びつけていました。
興味深いのは、成績の良し悪しよりも、その目標をどれだけ大切だと感じていたかが、行動と結びついていた点です。
できそうかどうかより、意味があると思えているか。
その感覚が、「続ける」という選択を支えていました。
あの金鉱掘りは、宝の存在を知らなかったわけではありません。
ただ、その瞬間、自分がまだ掘り続けられる存在だと思えなかったのかもしれません。
諦める一歩先に宝があるという言葉は、結果だけを見れば正しい。
ただ、その一歩を踏み出す直前に、感情がどのように意味づけられているかまでは語っていませんでした。
つるはしを置いた理由は、疲労でも怠慢でもなく、内側で組み立てられた解釈だった。
その可能性を、この研究は静かに残しています。
参考文献:
Grundmann, F., Epstude, K. & Scheibe, S. Emotion-regulation strategy use and commitment to a performance goal: the role of reappraisal tactics. Motiv Emot (2026). https://doi.org/10.1007/s11031-026-10201-0

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
