外来で患者さんから「先生、腎臓の薬ってないんですか?」と尋ねられることがあります。
腎保護作用のある血圧の薬などをすでに内服してもらっていることを伝えますが、「腎臓を良くするわけではないんですね」とポツリとつぶやかれます。
その一言には、治療の大変さだけでなく、見えない不安や喪失の影がにじんでいるように思います。
私自身、長く透析医療に携わる中で、同じ腎機能の患者さんでも、前向きに生活を組み立てていく方と、絶望に飲み込まれてしまう方がいることに気づかされてきました。
その違いを生むのが、「病気の受け止め方」です。
この研究は、進行した慢性腎臓病(ACKD)を抱える69人を対象に、心理的要因や認知的要因が病気の受け止め方にどのような影響を与えるのかを調べたものです。
研究チームは、スペイン・バレンシア大学の心理学者たちで、参加者の不安(HADS-A)、性格傾向(神経症傾向:NEO-FFI)、対処スタイル(COPE)、腎臓病の知識(KiKS)、社会的支援(MOS-SSS)などを分析しました。
解析には、単純な統計では見えない複雑な組み合わせを読み解く「質的比較分析(QCA)」という手法が用いられました。
その結果、腎機能の低下(eGFRの低値)に加え、不安が強く、神経症傾向(感情的に揺れやすい性格)が高く、社会的な支えが乏しい人ほど、病気を「脅威」と感じやすいことがわかりました。
一方で、情緒が安定し、支援を受けながら生活を送る人は、より柔軟に病気を受け止めていました。
また、病気に関する知識や「感情中心のコーピング(気持ちを整理しようとする対処法)」の影響は一様ではなく、他の要因との組み合わせによってプラスにもマイナスにも働くことが示されました。
研究者たちは、知識の多さが必ずしも安心につながらないと指摘しています。
不安が強いと、正確な情報がかえって恐怖を膨らませてしまう。
一方で、心が落ち着き、周囲の支援を受けながら学ぶ人にとっては、その知識が希望の光となります。
この知識の性質は、私たちにとっての“塩”に似ています。
塩は生命に欠かせない大切な“ミネラル”でありながら、摂りすぎれば“毒”となる―扱い方ひとつで、人を支えることも、苦しめることもあるのです。
もちろん、この研究には限界もあります。
調査は横断的で、時間経過による変化は追えていません。
また、主に男性高齢者が中心のサンプルであったため、結果をそのまま一般化することには慎重さが必要です。
それでも、この研究が伝えているのは、「腎臓病とともに生きる」とは、身体のケアと同じくらい心の調律が大切だということです。
病気をどう受け止め、どのように意味づけ、生活の中でどう適応していくか―そのプロセスを支えることこそ、医療者のもう一つの役割です。
患者さんが自分のペースで受容を深めていくとき、そこに治療の本質が息づいているのかもしれません。
参考文献:
Tamarit A, Lacomba-Trejo L, Carbajo E, Galán A. Towards better illness perception in advanced chronic kidney disease: clinical, psychological and cognitive factors to address. Sci Rep. 2025;15(1):35834. Published 2025 Oct 14. doi:10.1038/s41598-025-19881-z

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
