会議中、ふいに口が開きそうになり、慌ててあくびを噛み殺す。
喉の奥がきゅっと引きつり、首の中で何かが途中停止したような感触が残る。
多くの社会人にとって、この一連の動作は「大人として正しい振る舞い」です。
あくびは集中していない証拠であり、噛み殺せた自分は場をわきまえている。
そう理解されてきました。
けれど、その考え方は、身体のしくみからすると、少し違ってくるようです。
あくびは長い間、深呼吸の延長として扱われてきたように思います。
口を大きく開け、強く息を吸う。
外見は確かに似ています。
しかし研究者たちは、同じように見える動作でも、身体の内部で起きている現象は違うのではないかと考えました。
その違いを確かめるため、彼らはMRIを用いて、あくびが起きている最中の体内を直接観察しました。
対象は健康な成人です。
普通の呼吸、口を開けた深呼吸、自然に起きたあくび、そしてあくびの噛み殺し。
これらを行っている最中、首の奥を流れる脳脊髄液(脳と脊髄を満たす液体)と血液の動きが、連続的に記録されました。
静止した写真ではなく、「流れそのもの」を捉える撮影です。
同時に、舌がどのような軌跡を描くかも追跡されました。
観察された違いは、量ではなく、流れがどちらへ動いていくかでした。
深呼吸とあくびは、流れの大きさ自体は近い。
しかし、向きの組み合わせが異なります。
深呼吸では、息を吸うと脳脊髄液は頭側へ、静脈血は体側へと、逆向きに動くことが多い。
一方、あくびでは、息を吸う瞬間に、脳脊髄液と静脈血がそろって体側へ流れる場面が頻繁に見られました。
頭の中のものが、一斉に外へ引き出される並びが、ほんの一瞬だけ現れます。
さらに注目すべきは、止められなさです。
口を閉じてあくびを噛み殺しても、MRIには、舌の奥で同じ運動が続いている様子が映ります。
人ごとに形は異なりますが、同じ人のあくびは毎回よく似た動きを示します。
途中でやめたつもりでも、内部では最後まで走ろうとする。
あくびは、その場の判断で選び直せる所作ではなく、発火すると完走する運動系列です。
この事実を踏まえると、社会の常識が少しずれて見えてきます。
あくびを「だらしなさ」とみなす前提は、あくびが意志の産物だという誤解に立っています。
実際には、注意が切れた結果というより、切れないために身体が実行する反応に近い。
噛み殺すという行為は、成熟の証というより、内部で進行している反応を外見だけ止める折衷案です。
喉の奥の引きつれや首の中の違和感は、社会的期待と生理のあいだに生じた摩擦の感触でもあります。
研究者たちは、この流れの組み替えが、脳の内部環境に一時的な変化をもたらす可能性に触れています。
物質の移動や熱のやり取りに影響するかもしれない。
ただし、それがどこまで意味を持つのかは、まだ分かっていません。
それでも、一つだけ確かなことがあります。
あくびは、マナー違反の印ではありません。
MRIの中で捉えられていたのは、評価や視線とは無関係に、身体が自分の内部条件を整えようとする姿でした。
私たちはこれまで、あくびをする人の態度を読んでいたつもりで、身体の仕事を誤読してきたのかもしれません。
次にあくびを噛み殺すとき、その違和感は、怠慢ではなく、生理が役目を果たしている痕跡として、少し違った意味を帯びて立ち上がってきます。
参考文献:
Martinac AD, Waters S, Lloyd RA, Bilston LE. Biomechanics of yawning: insights into cranio-cervical fluid dynamics and kinematic consistency. bioRxiv. Preprint. Posted December 19, 2025. doi:10.64898/2025.12.17.695005

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
