スタジアムの歓声、張り詰めた空気、そして勝敗が決した瞬間の爆発的な感情。
スポーツ観戦が私たちの心を揺さぶるのは自明のことです。
そのとき私たちの「体」の内部では一体何が起きているのでしょうか。
ドイツの研究チームが、ある「歴史的な一戦」を通じて、ファンの生理反応を克明に記録しました。
舞台は2025年5月、ドイツサッカー連盟カップ(DFBポカール)の決勝戦です。
対戦カードは、1部リーグの強豪VfBシュトゥットガルトと、3部リーグのアルミニア・ビーレフェルト。
3部リーグのクラブが決勝に進出するのは史上4度目という快挙であり、ビーレフェルトのファンにとっては、まさに一生に一度あるかないかの大一番でした。
研究チームは、この熱狂を数値化するため、アルミニア・ビーレフェルトのファン200人以上の協力を得て、スマートウォッチによるデータ収集を行いました。
試合当日だけでなく、前後を含む約12週間、彼らの心拍数とストレスレベルを追跡したのです。
これによって、日常の生理状態と、決戦の日の興奮状態を比較することが可能になりました。
データが描き出したのは、試合開始のホイッスルが鳴るずっと前から、ファンの体が「戦闘態勢」に入っていたという事実です。
通常の土曜日であれば、起床後のストレスレベルは緩やかに上昇しますが、決勝当日は朝から明らかに高い数値を示しました。
特に、前日から現地ベルリン入りしていたファンたちは、金曜の夜の時点で既にストレスレベルが上昇していて、移動や宿泊といった非日常の行動自体が、高揚感を底上げしていたことがうかがえます。
午後8時のキックオフに向けて、ファンの心拍数は上昇を続けます。
興味深いのは、観戦環境による違いです。
スタジアムで生観戦したファンの平均心拍数は94.2bpmに達し、テレビ観戦組の79.4bpmを大きく上回りました。
同じ試合を見ていても、その場に身を置き、群衆と空間を共有することが、生理的な負荷を2割以上も高めるのです。
試合展開に対する反応も、私たちの感情の動きを正確に反映していました。
格上のシュトゥットガルトが得点を重ねるたび、ファンの心拍数は低下していきました。
これは落胆による鎮静化とも読み取れます。
しかし、敗色濃厚となった試合終了間際、ビーレフェルトが意地のゴールを決めると、勝敗の行方はほぼ決していたにもかかわらず、心拍数は再び急上昇しました。
客観的な勝率(オッズ)がどうあれ、ファンは最後の瞬間まで「奇跡」や「誇り」に身体ごと反応してしまうのです。
試合は4-2でシュトゥットガルトが勝利し、ビーレフェルトの夢は破れました。
しかし、ファンの体の火照りは簡単には冷めません。
試合終了後も数時間にわたり、心拍数とストレスレベルは通常の土曜日の数値を上回り続けました。
祭りの後の静けさの中でさえ、体はまだ興奮の余韻の中にあったのです。
この研究は、私たちが「推し」のチームを応援するとき、単に映像を眺めているのではなく、選手と同じように心臓を早鐘のように打ち鳴らし、ストレスと喜びを肉体レベルで共有していることを示しています。
スマートウォッチの無機質なグラフの向こう側には、希望、落胆、そして誇りに揺れ動く人間らしいドラマが刻まれていました。
次にスポーツ中継を見るとき、ふと自分の手首に触れてみてください。
そこには、スコアボードには表示されない、あなただけの熱狂のリズムが脈打っているはずです。
参考文献:
Adam, T., Bauer, J., Deutscher, C. et al. Measuring football fever through wearable technology. Sci Rep 16, 3866 (2026). https://doi.org/10.1038/s41598-026-36182-1

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
