わからないと認めたとき、科学は前に進む― 進化の袋小路に立つ「キノコのゴジラ」

わからないと認めたとき、科学は前に進む― 進化の袋小路に立つ「キノコのゴジラ」

 

“それ”の高さは最大8メートル。

太さは直径1メートル近くに達します。

人が横に立てば、見上げるしかない円柱状の存在が、4億年前の地球で、陸上に突き立っていました。

枝も葉もなく、根が広がる様子もない。

ただ巨大な柱が並ぶ風景です。

森が生まれる前の地表で、これほどの存在感を放つ生き物は他にありません。

研究者が冗談めかして呼んだ「キノコのゴジラ」という表現は、この異様さを端的に言い表しています。

 

この生き物、プロトタキシテスは、発見された1859年以降、長く正体不明のままでした。

古い樹木、藻類の集合体、コケ植物の塊、巨大な菌類。候補は何度も入れ替わります。

どれも一部は説明できるのに、全体としては噛み合わない。

分類の引き出しに入れようとするたび、必ず違和感が残りました。

未知に出会うと、とりあえず知っている枠に収めたくなる。

その人間的な反応が、ここでは何度も繰り返されたのです。

 

転機は、スコットランド高地で見つかった一つの化石でした。

サイズはスープ缶より小さい灰色の塊ですが、保存状態が際立っていました。

かつてこの地域は赤道付近にあり、熱水が噴き出す環境だったと考えられています。

シリカを多く含む水が、生き物の内部構造を細部まで封じ込めた。

その偶然が、4億年前の身体をほぼそのまま現代に届けました。

 

顕微鏡で覗くと、内部には無数の細い管が絡み合っています。

菌類の体を作る糸状構造を思わせますが、枝分かれや融合の仕方が一致しません。

管の壁には帯状の模様もあり、既知の菌類の解剖学では見られない特徴です。

さらに、岩に残った有機分子の反応を調べると、菌類なら必ず残すはずの構造物質の痕跡が見つかりませんでした。

見た目が似ているだけで、中身は別物だったことが、少しずつ明らかになります。

 

ここで重要なのは、「菌類ではない」と言えたことよりも、その先でした。

では何か、と問われても、すぐに答えは出ない。

複数の生物群と比べても、プロトタキシテスはどこにもきれいに収まりません。

分類図に点を打つと、既存の集団から外れた場所に残る。

その孤立が、かえってはっきりと見えてきます。

 

進化の系統樹を描いたとき、この生き物は特異な位置を占めます。

枝は太い。

巨大化という戦略は成功し、当時の陸上では主役級でした。

しかし、その枝は短い。

後の植物にも、菌類にも続かない。

ここで進化は、別の道を選びました。

プロトタキシテスは失敗作ではありません。

勝っていた時期があった。

それでも次の時代につながらなかった。

進化の袋小路が、これほど分かりやすい形で示される例は多くありません。

 

ただし、この研究が投げかけた最大の価値は、新しい名前を与えたことではありません。

研究者たちは、ここで無理に結論を押し出すことをしませんでした。

既存のどの分類にも当てはまらないという事実を、そのまま引き受けたのです。

「何者か分からない」という状態を、未完成や敗北としてではなく、到達点として扱った。

その判断が、研究を前に進めました。

 

分からないことを認めるのは、勇気のいる選択です。

分かったふりをすれば、物語はきれいに閉じます。

けれど、そのきれいさは、世界の複雑さを削ってしまう。

プロトタキシテスは今も、どの系統にも属さないままです。

それでも、その居場所を空白として残したことで、進化の歴史はむしろ豊かになりました。

 

高さ8メートルの巨人は、答えを与える存在ではありません。

分類できないまま残るという事実が、科学の姿勢そのものを照らしています。

分からないと分かったとき、研究は止まるのではなく、ようやく次の問いへ進む。

その一歩が、ここでは確かに刻まれています。

 

参考文献:

Stokstad E. Bizarre 400-million-year-old fossil was an unknown life form. Science. Published January 21, 2026. doi:10.1126/science.zs21b1t

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。