子どもが新しい言葉を覚える瞬間は、案外あっけないものです。
意味を正確に理解していなくても、音のかたちや使われ方を真似しながら、会話の中に滑り込ませていく。
その様子を見ていると、言葉は教室で与えられるというより、日常の環境の中で拾い集められていくものだと感じられます。
だからこそ、どんな環境で時間を過ごすかが、言葉の増え方に影響することは、不思議ではありません。
これまでの研究でも、家庭や地域の社会経済的な条件が、語彙や読解力の伸びと関係することが知られてきました。
資源の乏しい地域では、本や会話に触れる機会が限られ、言葉の成長が緩やかになりやすい。
これは、個人の努力以前に、環境が作る前提として受け止められてきた事実です。
一方で、音楽の訓練は、音の違いを聞き分け、注意を保ち、繰り返し練習する行為の連続です。
この負荷が、言葉の発達とどこで交わるのかは、長らくはっきりしないままでした。
今回の研究が向けた視線は、「音楽ができる子は成績が良いのか」という単純な問いではありません。
焦点は、時間の中で何が起きるかでした。
楽器を続けることは、言語能力の“結果”ではなく、“伸び方”に関係するのか。
さらに、地域の条件が不利なとき、その関係はどう変わるのか。
成長の水準ではなく、成長の速度を見る試みです。
研究では、9〜10歳の子どもたちを出発点に、2年間の活動歴が追跡されました。
楽器を継続した子ども、音楽をしていない子ども、そして活動そのものの影響を見分けるためのスポーツ継続群が比較されています。
語彙や読解、記憶などの課題が用いられ、地域環境は、所得や教育水準、住宅状況などをまとめた指標で整理されました。
重視されたのは、同じ時間を過ごしたときに、どの方向へどれだけ動いたかでした。
出発時点では、楽器をしている子どもたちは、多くの課題で高めの成績を示していました。
これだけを見ると、「もともとできる子が音楽を選んだ」という説明で終わってしまいます。
しかし2年間を通して変化を追うと、別の景色が現れます。
全体として子どもは成長しますが、楽器を続けた群では、とくに語彙に関わる課題で伸びが速く、音楽をしていない群との差が時間とともに広がっていきました。
ここで地域環境を重ね合わせたとき、研究の輪郭が最もはっきりします。
音楽をしていない子どもたちでは、地域の不利さが大きいほど、語彙の伸びが小さくなる傾向が見られました。
言葉の成長速度が、環境によって傾いていく様子です。
ところが、楽器を継続した子どもたちでは、その傾きがほとんど見られませんでした。
地域条件が厳しくても、語彙の伸び方は落ち込まなかったのです。
本来なら遅くなるはずだった言葉の成長速度が、遅くならなかった。
環境が決めるはずだった勾配が、そこで書き換えられていました。
音楽は能力を上積みする装置というより、成長が減速する局面で、その減速を起こしにくくする働きをしていた可能性があります。
予算が厳しくなると、学校から音楽や美術が姿を消すことは珍しくありません。
多くの場合、それらは主要教科に比べて「後回しにできるもの」と見なされてきました。
しかし今回の研究が示しているのは、成績を押し上げるかどうかではなく、環境によって言葉の成長が減速するはずだった場面で、その減速が起きなかった子どもたちが確かに存在した、という事実です。
もし音楽が、能力を上積みする以前に、成長速度が落ちる局面そのものを変えていたのだとすれば、音楽の位置づけは、これまでとは少し違って見えてきます。
この研究は観察研究であり、因果関係を断定するものではありません。
音楽歴は自己申告で、楽器の種類や練習量、指導の質も揃っていません。
それでも、短い2年間の中で、「環境が効く場面」と「効かなくなる場面」が同時に示されたことは、見過ごしにくい事実です。
どこかの部屋から聞こえる練習音は、将来の才能を約束するものではありません。
ただ、その時間の中で、言葉が遅くならずに済んだ子どもがいた。
その点が、この研究から確認できます。
参考文献:
Habibi A, Hsu E, Villanueva J, Luo S. Longitudinal Effects of Continuous Music Training on Cognitive Development: Evidence From the Adolescent Brain Cognitive Development (ABCD) Study. Ann N Y Acad Sci. 2025;1553(1):283-299. doi:10.1111/nyas.70086

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
