死はいつも、こちら側に残される―日本版デス・リテラシー指標で見えてきた、動けない空白

死はいつも、こちら側に残される―日本版デス・リテラシー指標で見えてきた、動けない空白

 

フランスの思想家モーリス・ブランショは、「死はいつも他人の死である」という言葉を残しました。

私たちは、自分の死を自分で「見る」ことはできません。

死は、いつも誰かの出来事として、生きている私たちの前に現れます。

病院や家の中で、大切な人の最期に立ち会い、何を言えばいいのか分からず、その場に立ち尽くした経験がある人もいるでしょう。

あとから思い出すのは、帰り道の景色だけだった、ということもあります。

死は、頭で理解する前に、体の感覚として迫ってきます。

 

日本では高齢化が進み、身近な人の死に出会う機会が増えています。

別れや看取りは、特別な家庭だけの話ではなくなりました。

しかし、死について話したり、どう行動すればいいのかを考えたりすることが、日常の中で自然にできているかというと、そうではありません。

医療や介護の制度が整ったことで、多くの人は「専門家に任せる側」になっています。

そのため、いざその場に立ったとき、自分が何を知っていて、誰に頼ればいいのかが分からず、戸惑ってしまうことがあります。

 

この研究を行った人たちは、死に対する気持ちの強さや考え方ではなく、「実際にどこまで行動できるか」に目を向けました。

大切な人が亡くなろうとするとき、話すことができるか、手助けができるか、相談先を思い浮かべられるか。

こうした力を「デス・リテラシー」と呼び、それを測ろうとしました。

 

使われた質問は、海外で作られたものをそのまま使ったわけではありません。

日本の生活や考え方に合うように、言葉が一つずつ見直されました。

たとえば、「死の計画」という言葉は誤解を生みやすいため、「人生の最終段階の準備」という表現に変えられました。

また、日本では家族が行わないことが多い行為についても、現実に合った言い方に直されています。

 

研究者たちは、一般の人に実際に読んでもらい、「ここが分かりにくい」「この言葉は引っかかる」といった点を確かめながら、質問を作り直しました。

全国の大人2500人に答えてもらい、しばらく時間をおいて、もう一度同じ人に質問することも行っています。

手間をかけ、できるだけ丁寧に調査が進められました。

 

この調査で聞かれたのは、知識の多さではありません。

「身近な人と死について話せそうか」「具体的な手助けを思い浮かべられるか」「困ったときに頼れる先が思い出せるか」といった、行動の一歩目に関わることでした。

答えながら、「自分は意外と分かっていないかもしれない」と感じた人もいたはずです。

 

調査の結果、日本人にはある傾向が見えてきました。

平均点は、他の国と比べると低めでした。

一方で、身近な人との別れを通して、命について考えた経験は、多くの人が持っていました。

しかし、体を支えるような具体的なケアや、地域でどんな助けが受けられるのかについては、分からない人が多かったのです。

相談先が思い浮かばず、その場で立ち止まってしまう人が、少なくありませんでした。

 

研究者たちは、これを「努力が足りないから」とは考えていません。

むしろ、制度が整っているからこそ起きる問題だと考えています。

介護や支援の仕組みがしっかりしていることで、「自分で探さなくても何とかなる」社会になりました。

その一方で、誰がどんな支えをしてくれるのかを、自分の言葉で説明できる人は減っていきます。

仕組みがうまく動いているほど、私たち一人ひとりの中にある理解や準備は、育ちにくくなっているのです。

 

死は、突然現れる特別な出来事ではなく、日常の延長にあります。

それでも、他の人の死に向き合うたび、私たちは同じところで立ち止まってしまいます。

この研究は、その立ち止まりを、個人の弱さではなく、社会の中にある「空白」として示しました。

言葉が出てこないとき、頼る先が思い浮かばないとき、その理由を考える手がかりが、ここにあります。

 

参考文献:

Kawaguchi K, Kurotori I, Chen YR, et al. Development and validation of the Japanese version of the Death Literacy Index (DLI-J) and its short form (DLI-J-9). PCN Rep. 2025;4(4):e70258. Published 2025 Dec 7. doi:10.1002/pcn5.70258

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。