空を閉じるという判断―2022年11月4日、ヨーロッパ上空で何が起きたのか

空を閉じるという判断―2022年11月4日、ヨーロッパ上空で何が起きたのか

 

空港の案内表示に「遅延」と出ること自体は珍しくありません。

天候や機材、混雑といった理由は日常的で、説明を聞けば納得もできます。

ところが2022年11月4日の朝、ヨーロッパの遅延は別の理由で起きました。

中国の大型ロケット「長征5号B」のロケット本体が、制御されないまま大気圏に再突入すると予測されたためです。

 

その朝、スペインとフランスは自国上空の一部空域を閉鎖しました。

再突入の時刻も地点も事前には確定できず、予測経路の周辺にどの程度の余裕を取るかが問題になりました。

欧州では複数の航空情報(NOTAM)が出され、一部は実質的な閉鎖として運用されました。

報告では645便が平均約30分遅延し、告知から実施までの時間が短かったため、飛行中の便が迂回や引き返しを迫られた例もありました。

 

ここまでだけ読むと、事件の記録で終わります。

しかし研究者が関心を向けたのは、この出来事がたまたま起きた一回限りのものかどうか、という点ではありませんでした。

問題は、同じ種類の判断が今後どこで繰り返されるのかです。

再突入が起きやすい場所には地理的な偏りがあり、航空機が集まりやすい空域にも偏りがあります。

その二つを重ね合わせると、結果として何度も判断を迫られやすい空域が浮かび上がってきます。

 

研究では、世界中の航空機の位置情報(ADS-B)から、ある時点の空の混み具合を地図上に配置し直しています。

1日の中でも機数は増減し、場所によって密度は大きく違います。

そこに、過去約10年のロケット本体の制御不能再突入の緯度分布を重ね、再突入が起きやすい地域と起きにくい地域の差を数として表します。

事件の舞台を広げて、世界全体の上に置き直す作業です。

 

このとき研究者は、混雑の閾値(どれくらい“混んでいる空”を対象にするか)を変えながら、再突入がその範囲に入る確率を計算します。

最も密度が高い大空港周辺のような狭い領域でも、年間0.8%という値になります。

ところが、空港周辺より広いが混雑している空域―北米東部や北欧、アジア太平洋の主要都市圏に相当するレベル―まで含めると、年間26%に上がります。

さらに、11月4日に閉鎖された南欧の密度に近い水準まで広げると、年間75%という値になります。

閉鎖が例外ではなく、「どこかの混雑している空では起きる」という形で見えてきます。

 

判断が難しいのは、再突入の予測に幅が残ることと、閉鎖の影響もまた空の密度に比例して大きくなることです。

閉鎖しなければ不確かさを抱えたまま運航が続き、閉鎖すれば遅延や迂回が連鎖します。

しかも制御不能の再突入は設計の選択と結びついており、すぐに消える問題ではありません。

軌道上には既に多数のロケット本体が残っていて、今後も地球へ戻ってきます。

 

2022年11月4日の朝は、単なる偶然では片付けられません。

空の上で起きた一回の対応が、世界の空の分布と再突入の偏りを重ねたとき、繰り返し現れる重なり方の一部だったからです。

空港で遅延の理由を聞いたとき、その背後でどんな計算と判断が積み重なっているのか。

あの日の出来事は、私たちの記憶に残っています。

 

参考文献:

Wright, E., Boley, A. & Byers, M. Airspace closures due to reentering space objects. Sci Rep 15, 2966 (2025). https://doi.org/10.1038/s41598-024-84001-2

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。