本を読み終えて、評価を付けようとして手が止まります。
つまらなくはありませんでした。
けれど、胸が高鳴ったかと問われると、そうでもありません。
誰かに強く勧めたいほどでもない。
そんなとき、★3か★4のあいだで指が迷います。
この逡巡は、多くの読者が日常的に経験しているものかもしれません。
このように読者が星の数で評価を付け、その平均値が公開される読書共有サイトに、Goodreadsがあります。
日本なら同様なものに「読書メーター」や「ブクログ」などがありますね。
ある研究チームが、19世紀末から20世紀にかけて出版された約9000冊の小説を対象に、Goodreadsの評価データを分析しました。
その結果、平均評価が3点台後半に位置する作品群の内部には、単に評価が伸びなかった本だけでなく、読者の反応が大きく割れた本が混在していることが確認されました。
一見すると「無難」「中くらい」に見える数字の背後に、性質の異なる読書体験が重なっていることが、この分析から浮かび上がっています。
たとえば『ユリシーズ』です。
文学史では決定的な位置を占める作品であり、革新性や影響力について異論はありません。
しかし実際に読んだ人の反応は割れます。
理解できたという達成感を語る人もいれば、途中で放り出したという人もいます。
その結果、強い賛同と強い拒否が平均化され、評価は3点台に落ち着きます。
この数字は、読者の無関心ではなく、感情が衝突した痕跡です。
『ロリータ』も同じ構図を持っています。
文章の完成度に深く感動する読者がいる一方で、主題そのものに耐えられないと感じる読者もいます。
好きだと言い切る人と、受け入れられない人が同時に存在し、その綱引きの結果として、平均評価は穏やかな数字になります。
ここで、まったく違うタイプの3点台が現れます。
それがアガサ・クリスティの作品です。
『書斎の死体』や『青列車の秘密』のような作品は、読者数が多く、評価も安定しています。
極端な絶賛も酷評も少なく、「面白かった」「期待通りだった」という感想が積み重なります。
その結果として3点台後半に収まりますが、そこには強い対立はありません。
これは、読者の感情が揃ったうえでの平均です。
同じ3点台でも、中身は正反対です。
ジョイスやナボコフの3点台は、評価が引き裂かれた結果であり、クリスティの3点台は、評価が整った結果です。
この研究が重要なのは、平均評価という一つの数字が、まったく異なる読書体験を覆い隠してしまうことを示した点にあります。
数字だけを見ると区別はつきません。
しかし、実際には「読者が迷った本」「読者が揉めた本」「読者が納得した本」が同じ棚に並んでいます。
名作だと聞いて読み始め、戸惑いながらページを進めた記憶。
安心して読み進め、予想通りの満足感を得た読書体験。
そのどちらも、同じ★3や★4として登録されます。
評価ボタンは一つでも、そこに至る感情の道筋はまったく違います。
評価の真ん中に集まった数字は、平凡さの印ではありません。
それは、読者の感情がどのように動き、どこで言葉を失ったのかを示す痕跡です。
そして評価を付け終えたあと、ふと考えることがあります。
この星の数で、本当に良かったのだろうか。
ただし、その自問が残る本ほど、あとになって思い出されてくるものです。
参考文献:
Feldkamp Moreira P, Bizzoni Y, Jacobsen M, Thomsen MR, Nielbo KL. The Goodreads’ ‘mediocre’: assessing a grey area of literary judgements. ZfdG Sonderband. 2025;6. doi:10.17175/SB006_002

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
