指先一つで世界中の出来事に触れられる時代、私たちは画面の中に「見たいと願う物語」を探し続けています。
Facebookのフィードを流れてくる、仲睦まじい老夫婦の銀婚式や、手作りの作品を誇らしげに掲げる子供の姿。
それらを目にしたとき、ふと心が温まり、応援の言葉を送りたくなるのは人間として自然な反応です。
しかし、その感動の源泉が、実在しない架空の存在で、ただの生成物にすぎないとしたらどうでしょうか。
ハンガリーのコルヴィヌス大学で行われた研究は、私たちが日々触れているソーシャルメディアの深層で、感情を巧みに操る「幻影」が増殖している実態を浮き彫りにしました。
これらの画像を生み出しているのは、芸術家でも写真家でもなく、広告収益を目的とした「コンテンツファーム」と呼ばれる組織的な運営者たちです。
彼らは生成AI技術を用い、低コストで大量の画像を生産し、ユーザーの関心を引きつけようと画策します。
かつては粗悪な合成写真も見受けられましたが、技術の進歩は、一見しただけでは真偽の区別がつかないレベルにまで画像の精度を高めました。
研究の焦点は、これらが単に「精巧だから」拡散するのではなく、人間の心理的な隙を突く「何か」を含んでいるのではないかという点に向けられました。
真実を見極めるために、研究チームはFacebook上の膨大な投稿から、AI生成の疑いがある画像と数千件に及ぶユーザーの反応を抽出しました。
指の数や背景の物理法則といった視覚的な矛盾点を、独自の手法と検出ツールを用いて徹底的に精査し、さらに自動プログラム(ボット)による書き込みを除外することで、生身の人間がどのように反応しているかを分析しました。
そこから見えてきたのは、AIが描く世界と、私たちが無意識に求めている「癒やし」との奇妙な共犯関係でした。
分析されたデータの中で最も高い頻度を占めたのは、人々の「ノスタルジー」や「同情」を誘うテーマでした。
長く連れ添った老夫婦の笑顔や、貧しいながらも懸命に生きる人々の姿は、見る者の警戒心を解きほぐします。
ここには「確証バイアス」と呼ばれる心理作用が働いています。
例えば、田舎の風景や伝統的な生活様式が描かれた画像は、私たちが心のどこかで信じている「古き良き時代」のイメージを肯定してくれるため、画像に含まれる不自然な点(奇妙な影や歪み)に脳が気づきにくくなるのです。
さらに、AI画像は「アンカリング」という心理効果も巧みに利用しています。
画像に添えられた「私の誕生日なのに、誰も祝ってくれません」といった悲劇的なキャプションが最初の情報(アンカー)として心に刺さると、その後に続く画像情報の解釈は「同情」という色眼鏡を通して行われます。
結果として、多くのユーザーが画像の真偽を疑うことなく、「お誕生日おめでとう」「神のご加護を」といった温かい言葉を書き込みます。
皮肉なことに、コメント欄にはボットによる自動返信も溢れており、実在しない子供に対して、ボットと生身の人間が入り乱れて祝福を送るという、空虚でグロテスクな空間が形成されていました。
この研究は、私たちが「騙されている」という事実以上のことを示しています。
それは、私たちが事実よりも「感情的な充足」を優先してしまうという認知的脆弱性です。
AIは、私たちが無意識に欲している「感動」や「義憤」のツボを正確に押し、エンゲージメントという名の報酬を引き出します。
宗教的なモチーフや、努力が報われない弱者というテーマが多用されるのは、それが最も効率よく人間の道徳心や帰属意識を刺激し、批判的思考を停止させるからです。
本研究はFacebookという特定のプラットフォームに限られた分析であり、すべてのSNS利用者に当てはまるわけではありません。
しかし、画面の向こう側にあるものが「現実」である保証がどこにもない時代において、私たちが自身の感情さえもアルゴリズムによってハッキングされ得ると知っておくことは重要です。
次に心を揺さぶる画像に出会ったとき、いいねボタンを押すその指を少しだけ止めてみてください。
あなたが共感を寄せようとしているその相手は、本当にそこに存在しているのでしょうか。
参考文献:
Miskolczi M. The illusion of reality: How AI-generated images (AIGIs) are fooling social media users. Comput Hum Behav. 2026;176:108876. doi:10.1016/j.chb.2025.108876

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
