何日先の天気を予測できるようになったのか―ECMWFの中期予報50年史と、衛星観測・アンサンブル・AI予報システム

何日先の天気を予測できるようになったのか―ECMWFの中期予報50年史と、衛星観測・アンサンブル・AI予報システム

 

台風の季節になると、かつては気象庁が発表する情報が、ほぼ唯一の手がかりでした。

ところが最近では、スマートフォンのアプリを開けば、1週間単位で先を見通す台風の予想進路図を確認することができます。

複数の数値予報モデルを切り替えて表示できるものも珍しくありませんが、その初期設定として多いのが、ECMWF(ヨーロッパ中期予報センター)です。

 

実はこのECMWFは、名前を意識することはなくても、私たち沖縄の透析医療に関わるスタッフにとって、日々の判断を支えてくれる存在といえます。

台風の接近が数日先に見通せるかどうかは、患者の来院計画やスタッフの配置、透析スケジュールの調整に直結します。

何日も先の天気が予測可能であることは、未来を言い当てる精度が上がるという話にとどまらず、現場が準備に使える時間をどれだけ前に確保できるかという問題でもあります。

 

1970年代、信頼できる予報の限界は、せいぜい翌日か翌々日まででした。

理由は単純で、空の状態をその瞬間にすべて捉えることができなかったからです。

気温や風の、わずかな測り残しが、時間とともに増幅し、数日後には異なる天気として現れてしまう。

この性質は当時すでに理解されていましたが、それを現実の予報にどう組み込めばよいのかは、まだ誰にもわかっていませんでした。

理論としては語られていても、それが日々の予報に役立つとは、まだ多くの人が実感できていない時代でした。

 

この行き詰まりのなかで、欧州の国々が取った行動は意外なものでした。

各国がばらばらに精度を競うのではなく、予報の中枢そのものを共有するという選択です。

1975年11月1日、欧州中期予報センター(ECMWF)が動き出し、3〜10日先という、暮らしや意思決定に直接影響する時間帯を集中的に扱うようになります。

大気の不安定さを前提にしたうえで、それでもどこまで先を見通せるのか。

その挑戦が、ここから始まりました。

 

立ち上げ当初の試みは、手探りの連続でした。

計算機の力はまだ限られており、観測もいまほど細かくはありません。

モデルを改良しても、数日先になると予報が崩れてしまう場面が繰り返されました。

それでもECMWFは、その失敗を切り捨てることなく、どこまでが届いて、どこから先が届かないのかを確かめ続けます。

研究と運用を同時に担う組織だったからこそ、成果は論文の評価だけでなく、実際の予報に使えるかどうかで判断されていきました。

精度は、理論の完成度ではなく、社会に渡せる時間の長さとして測られていたのです。

 

状況を動かした大きな要因の一つが、観測の変化でした。

地上だけでは追いきれなかった空の様子が、人工衛星によって継続的に捉えられるようになり、現在では予報に使われる観測の大半を衛星が占めています。

あわせて、観測とモデルを時間の流れの中で突き合わせるデータ同化が洗練され、計算機は地球全体の状態を何度も描き直すようになりました。

計算量は飛躍的に増えましたが、それでも、出発点の不確かさが消えないという前提だけは、最後まで手放されませんでした。

 

この前提を受け入れたところから、予報の扱い方が少しずつ変わっていきました。

先の天気を一本の答えとして示すのではなく、どの方向にずれやすいのかを含めて伝える。

ECMWFでは、初期条件をわずかに変えた多数の計算を同時に走らせ、そのばらつきを読むアンサンブル予報が中心になります。

予報は「当たるか外れるか」を判定するものではなく、どの程度の備えが妥当かを考える材料として使われるようになりました。

過去の気象を同じ枠組みで作り直す再解析が整い、長い時間幅での比較が可能になったことも、この考え方を後押ししています。

 

こうした積み重ねの延長線上で、AIが試される段階に入ります。

ECMWFはAIを用いた予報モデルを実運用に組み込み、熱帯低気圧の進路などでは、従来の物理モデルより安定した結果が得られる場面も出てきました。

計算にかかるエネルギーが大幅に減る点も、運用の現場では無視できません。

ただし、ここで行われているのは全面的な置き換えではありません。

空や海の振る舞いを物理として理解する枠組みは保ったまま、計算を速く回し、試せる回数を増やす道具としてAIが使われています。

先の天気を言い切るためではなく、不確かさを抱えたままでも、判断に使える時間を少しでも早く届けるためです。

 

振り返ってみると、この50年で天気予報の役割は少しずつ変わってきました。

空を見る手段は地上から宇宙へと広がり、計算は一国では扱えない規模になり、予報は一つの結論を告げるものではなく、判断の幅を示すものとして使われるようになります。

先を見通せる日数が増えるほど、その情報をどう受け止め、いつ、どこで行動に移すかが重みを持つようになりました。

天気を読む技術は、自然を理解する試みであると同時に、社会が自分たちの時間をどう配分するのかを考え直す材料にもなっています。

 

参考文献:

50 years of weather forecasting at the ECMWF. Nat Commun 16, 10052 (2025). https://doi.org/10.1038/s41467-025-65837-2

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。