歳を重ねると、時間の流れが驚くほど早く感じられるものです。
心理学ではこの現象を“ジャネーの法則”と呼んでいて、人生の時間は年齢に反比例して速く感じられるとされています。
11月もこの時期になると、気づけば年の瀬が迫り、時間の流れの速さに恐怖する思いです。
こうした感覚は、単なる気のせいでもない気がします。
昔と今とでは、私の中の時間の進み方が違っている―。
例えば、私は黒澤明監督の作品が大好きで何度も見返しますが、かつて心地よく感じていた場面転換や台詞の間合いに、わずかなテンポのずれを感じることがあります。
連続した時間の中から「出来事の区切り」をどう感じ取るのか―それは年齢とともに変化していくものじゃないでしょうか。
現実の出来事に対しても、私たちが映画のシーンの切り替わりを認識するように、脳もまた、神経活動の安定したパターン(「神経状態」)の切り替わりとして処理しているようです。
しかし、この神経レベルでの「時間編集術」が、加齢によってどう変化するのかは、これまで詳しく分かっていませんでした。
ここで、イギリスの研究チームがこの問いに科学的に挑みました。
18歳から88歳までの577人が、アルフレッド・ヒッチコックの8分間の短編映画『Bang! You’re Dead』を観る間にfMRI(機能的MRI)で脳活動を記録しました。
研究者たちは、高度な解析法を用いて、脳が“時間をどう編集しているか”を読み取ったのです。
解析の結果、年齢が上がるほど神経状態の持続時間が長くなることが明らかになりました。
特に変化が大きかったのは視覚野と腹内側前頭皮質(vmPFC)で、これらの領域は映像の変化をとらえたり、登場人物の意図や感情を読み取ったりする働きを担っています。
高齢になるにつれ「次の場面」への切り替えがゆるやかになり、脳内でひとつの状態が長く続く傾向があるようです。
私が感じていた「体感時間の速さ」や、黒澤映画のテンポへの「ズレ」は、もしかすると、こうした脳の「編集スタイル」の変化、つまり神経状態の「長回し化」と無関係ではないのかもしれません。
一方で、映画の内容上の「場面転換(イベント境界)」と脳の状態変化の一致度には、年齢による差がほとんど見られませんでした。
物語の大筋をとらえる力は、加齢によっても保たれているのです。
研究チームは、この現象を「時間的脱分化(temporal dedifferentiation)」と呼びました。
年齢とともに、脳の中で時間の流れの輪郭が少しずつ曖昧になっていく―それでも、私たちは物語の本質を見失わないのです。
さらに、脳活動の「境界の強さ」も年齢とともに弱まることが確かめられました。
これは、出来事を明確に分ける力が低下していることを示していますが、記憶や理解の基盤そのものが崩れるわけではありません。
むしろ、過去の経験や知識が新しい出来事を包み込むように統合し、より包括的にとらえる力へと変化しているのかもしれません。
脳が“切り替え”をゆるめながら、過去と今をひとつにつなげていく―その過程こそが、人生の深みを形づくっているのかもしれません。
この研究には、使用した映画がひとつであったことや、イベントの区切りを若年層のデータで定義した点など、限界もあります。
しかし、577人という大規模な解析から見えてきたのは、「老い」とは、時間を刻む脳のリズムが少しずつ変わっていく過程だということです。
こうした知見は、記憶や時間感覚の加齢変化を理解するうえで、重要な手がかりになるでしょう。
年齢を重ねると「時間があっという間に過ぎた」と感じる―それは単なる感覚ではなく、年齢とともにゆるやかに変わる脳の時間感覚の表れなのかもしれません。
そしてその変化こそ、人生という長回しの中で、私たちが物語の核心を見つめ続けている証なのでしょう。
参考文献:
Lugtmeijer, S., Oetringer, D., Geerligs, L. et al. Temporal dedifferentiation of neural states with age during naturalistic viewing. Commun Biol 8, 1390 (2025). https://doi.org/10.1038/s42003-025-08792-4

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
