カリウムとの静かな闘い―透析患者における新薬の挑戦

カリウムとの静かな闘い―透析患者における新薬の挑戦

 

通常、透析クリニックでは、月に2回、透析前の採血検査を行います。

時々、検査会社から「異常値速報」と称してFAXで通知がくると、私たちの間に緊張が走ります。

あまりにも検査結果の異常値が過ぎると、場合によっては早急な対応が必要になるからです。

例えば、今日お話しする「カリウム」。

カリウムは、心臓の規則正しい拍動を支える重要なミネラルですが、その血中濃度が高くなりすぎると、命に関わる不整脈を引き起こす可能性があるのです。

 

そして、腎臓の機能が低下すると、体内のカリウムを十分に排出できません。

週3回の血液透析を受けていても、透析と透析の間、特に週末明けなど透析間隔が空いた後には、血清カリウム値が危険な水準上まで上昇してしまう(高カリウム血症)患者さんは少なくありません。

この状態が不整脈や突然死のリスクを高めると考えられています。

 

だから私たちは、食事指導を行いますし、必要であればカリウムを下げる薬を使います。

この「カリウム値を下げる」という日々の医療行為が、本当に患者さんの心臓を守ることに繋がっているのか。

その根本的な問いに向き合った、大規模な臨床試験の結果が報告されました。

 

それが「DIALIZE-Outcomes」という国際的な研究です。

この試験では、透析前に高カリウム血症を繰り返す血液透析患者さん2690人を対象としました。

彼らを二つのグループに分け、一方には新しいカリウム吸着薬である「シルサイクル酸ジルコニウムナトリウム(SZC)」(商品名:ロケルマ) を、もう一方にはプラセボ(有効成分を含まない偽薬)を、透析のない日に飲んでもらいました。

目的は、SZCが「突然死、脳卒中、不整脈による入院」といった心血管系の重大なトラブルを減らせるか、確かめることでした。

 

試験の結果、まず「カリウム値を下げる効果」についてはSZC群に明確な優位性がありました。

12ヶ月後、目標範囲のカリウム値を維持できた人はSZC群で74.0%(495人)、プラセボ群では47.0%(293人)です。

SZCがカリウム値を安定させる力を持つことがわかります。

一方で、最も注目された心血管トラブルの発生率では、予想外の結果となりました。

 

* 主要評価項目(突然死、脳卒中、不整脈関連の入院など)の発生率:

  * SZC群: 8.8%(119人)

  * プラセボ群: 8.9%(119人)

両グループで、イベントの発生率に統計的な差は認められませんでした(ハザード比 0.98)。

 

これは、医療に携わる者にとって深く考えさせられる結果です。

私たちは「カリウム値が高いから下げる」という、目の前の数値を正常化することに力を注ぎます。

しかし、この研究は、数値を改善することと、患者さんの未来(予後)を改善することが、必ずしもイコールではない可能性を示しています。

高カリウム血症は確かに危険な「引き金」の一つですが 、透析患者さんの心血管イベントは、もっと複雑な要因が絡み合って起きるのかもしれません。

それは、単に一つの数値を薬で抑え込むだけでは断ち切れない、体のバランス全体の乱れのようなものです。

SZCはカリウム値を下げることに成功しましたが 、心臓を守るというゴールには届きませんでした。

 

この研究は、予定よりも早く終了しています。

理由として、予測よりもイベント発生率が低かったこと(計画の約3分の1)、そして薬の服用を途中でやめてしまう人の割合が高かったことが挙げられています。

安全性については、SZC群で低カリウム血症(カリウム値が低くなりすぎること)がプラセボ群よりやや多く(3.0% vs 1.4%) 見られましたが 、重篤な副作用に大きな差はありませんでした。

 

SZCがカリウム値を安定させる有効な手段であることは確かですが、私たちの本当の目的は、数値を消すことではなく、患者さんの健康を一日も長く穏やかに保つことです。

カリウムという一つのピースを整えるだけでは、心臓という複雑なパズルは完成しないということなのですね。

 

参考文献:

Fishbane S, Dember LM, Jadoul M, et al. The randomized DIALIZE-Outcomes trial evaluated sodium zirconium cyclosilicate in hemodialysis. Kidney Int. 2025;108(4):686-694. doi:10.1016/j.kint.2025.06.016

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。