飛行機に乗るたび、心のどこかで身構えている自分がいます。
「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」という、あのアナウンス。
幸いまだその瞬間に立ち会ったことはありませんが、もし呼ばれたら、限られた医療機器で何ができるだろうかと、いつも少しの緊張感を抱えています。
同じような思いを持つ医療関係者は少なくないはずです。
2022年から2023年にかけて、世界84の航空会社から報告された7万7790件の機内医療イベントを解析した大規模研究が発表されました。
報告率は100万搭乗あたり39件、つまり212便に1回の頻度で医療的対応が発生していたと報告されています。
これまで考えられていたよりもずっと高い数字です。
調査によると、乗客の年齢中央値は43歳で、やや女性が多い傾向がありました。
最も多かったのは神経系のトラブル(脳卒中など)と心臓発作で、全体の1.7%が緊急着陸(ダイバート)を余儀なくされました。
さらに、40.8%のケースで酸素投与が行われ、救急搬送は約8%、そして312人(0.4%)が死亡していました。
脳卒中は航空機の行き先を変える最大の要因であり、心疾患や意識障害も続いていました。
統計解析では、脳卒中の疑いがある場合、着陸地変更の確率は約20倍に跳ね上がっていました。
興味深いのは、医師ボランティアが乗り合わせた便では、着陸変更の確率が約8倍に高まっていたことです。
これは、重症例ほど医療者が呼ばれやすいという現実を映していると考えられます。
酸素ボトルの使用率が高いのは、機内の気圧が地上の約0.8気圧、標高にして約2400メートルに相当するためです。
健康な人でも血中酸素濃度は数%下がり、持病を抱える人では低酸素症に陥ることもあります。
限られた酸素が、空の上では何より貴重な医療資源となります。
もちろん、この研究にも限界があります。
報告は特定の医療支援センターを通じたもので、軽症例や報告されない事例は含まれていません。
さらに、地上搬送後の経過は追えていませんでした。
それでも、7万件を超える空の記録は多くのことを教えてくれます。
飛行機はもはや単なる移動手段ではなく、日々150万人が空を行き交う「空の都市」となっています。
その都市の片隅で、いつかあのアナウンスが流れたとき、自分が冷静に動けるように―そう思いながら、少しの緊張を胸に飛行機に乗り込むのでした。
参考文献:
Alves PM, Kumar KR, Devlin J, Nerwich N, Rotta AT. In-Flight Medical Events on Commercial Airline Flights. JAMA Netw Open. 2025;8(9):e2533934. Published 2025 Sep 2. doi:10.1001/jamanetworkopen.2025.33934

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
