私が県立中部病院の勤務医だったころ、アメリカ留学帰りの先輩の先生が「産休」はもちろん、「育児休暇」をとったというのを聞いて、素直に驚いたことがあります。
当時、管理職の外科の先生は「自分は子どもの学校行事は一度も観に行ったことがない」と豪語し、それを武勇伝にすらする時代でしたから、何かが変わっていく雰囲気を感じとったものでした。
私はというと「産休」はあっても、「育休」という発想は、やはりありませんでした。
そんな時代からおよそ二十数年。父親の育児休暇を「当たり前」とする社会の姿が、少しずつ現実になりつつあります。
その効果を実証的に示したのが、シンガポールで行われた興味深い研究でした。
この研究は、約4000組の親子を対象に、子どもが3歳から8歳になるまでの発達を追跡したものです。
対象となったのは、2013年に導入された父親の有給育児休暇制度のもとで育った子どもたちでした。
父親の休暇取得期間を「取得なし」「1週間」「2週間以上」に分け、学業成績や行動面の発達への影響を調べています。
解析の結果、次のような傾向が浮かび上がりました。
* 2週間以上の育休を取った父親の子どもは、3~8歳の間で言語(文字認識)と数的課題の成績が高かった。
* 父親の育休取得は、父親の育児参加の増加、父子の親密さの向上、家庭の調和をもたらしていた。
* 特に子どもの行動面の改善は、家庭内の雰囲気が穏やかになることを通じて現れていた。
研究チームは、父親の行動が家庭の人間関係をどう変え、子どもの発達につながるのかを、統計モデルを使って解析しました。
その結果、「父親が2週間の休暇を取る」ことは、単なる休息ではなく、家族全体の関係構築の起点になることが示されました。
父親の存在は、家庭という小さな生態系のバランスを整える触媒のように働くというわけです。
もちろん限界もあります。
父親の性格や家庭環境など、データに現れない要因が影響している可能性はありますし、母親による評価を中心にしている点も注意が必要です。
それでもなお、「短い育休が長い効果をもたらす」ことを明確に示した点で、この研究の意義は大きいといえるでしょう。
診療の現場に立つと、子どもと過ごす時間の重みを実感する瞬間があります。
あのころ「育休」という言葉を遠いもののように聞いていた自分に、今ならこう伝えたいと思います。
父親が2週間、子どもと同じ時間を生きることは、人生の流れをほんの少し変える行為なのだと。
その2週間が、子どもの心に、そして家族の記憶に、あたたかい灯をともすのですね。
参考文献:
Li, N., & Yeung, W.-J. J. (2025). Paternity leave-taking and early childhood development: A longitudinal analysis in Singapore. Journal of Marriage and Family, 87(5), 1841–1864. https://doi.org/10.1111/jomf.13100

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
