「主治医」はどこへ行った? ── コンシェルジュ医療の台頭が問いかけるもの

「主治医」はどこへ行った? ── コンシェルジュ医療の台頭が問いかけるもの

 

アメリカでは、かかりつけ医(プライマリケア医)を見つけることがきわめて難しくなっているそうです。

新しい医師の予約を取るのに数か月から1年待つことも珍しくなく、都市部では待機リストすら閉鎖されている地域もあるといいます。

慢性的な人手不足や医師の燃え尽き、保険制度の複雑さなどが重なり、患者は“自分の医師”を持つことさえ難しくなっているのだそうです。

 

こうした状況の中で注目を集めているのが「コンシェルジュ医療」です。

患者が年間2,000〜10万ドルを支払い、医師に直接アクセスできるというこの仕組みは、70〜200億ドル規模に達し、年率10%ほどのペースで拡大しているといわれています。

富裕層の特権と批判される一方で、疲弊した現場では、医師にとっての“救い”となっている側面もあります。

 

1998年、サンフランシスコの高級ホテル、マンダリンオリエンタルのコンシェルジュデスクに、一人の若い内科医ジョーダン・シュレインが訪れました。

理想の医療を実現できず悩んでいた彼は、「ホテルのように患者を大切にもてなす診療」を思いつきました。

こうして生まれたのが、現在6都市に展開するPrivate Medicalです。

患者の健康を“顧客体験”として支えるこの発想は、やがて全米に広がりました。

 

研究による検証も始まりつつあります。

カリフォルニア大学バークレー校のアダム・リーブらによる6年間の分析によれば、コンシェルジュ診療に移行した医師の患者は、医療費が30〜50%高かったものの、死亡率に差はなかったと報告されています。

この数字だけを見れば批判も理解できますが、論文の著者リサ・ローゼンバウム医師は、数字に表れない問題こそが本質だと指摘します。

「患者自身が、総合的に支えてくれる“自分の医師”の存在を求めているのではないか。」

 

従来の医療制度では、医師が熱心に患者を支えるほど仕事が増え、疲弊する仕組みになりがちです。

対してコンシェルジュ診療では、少人数の患者を継続的にみることができ、医師の“責任感”と“やりがい”が再び一致するそうです。

心臓専門医エリック・スウェイゲルはこの関係を「患者と医師の利害がようやく同じ方向を向く」と表現しています。

 

もちろん課題もあります。

この仕組みは、もはや格差を埋める努力を諦め、現実を受け入れた結果とも見えます。

パネル(担当患者数)を減らすぶん、他の人たちのアクセスはさらに悪化するおそれがあり、医療格差を拡大しかねません。

それでもこの仕組みが注目されるのは、多くの人が「本当の意味での主治医」を失いつつある現実の裏返しなのかもしれません。

 

著者は最後に問いかけています。

「もし誰もが“自分の医師”を持つべきだとするなら、私たちはどんな条件を整えれば、それを実現できるのか。」

コンシェルジュ医療は万能の答えではありません。

しかしその存在が、医師と患者の関係をもう一度見つめ直すきっかけになっているように思います。

 

参考文献:

Rosenbaum L. The Concierge Cure?. N Engl J Med. Published online October 22, 2025. doi:10.1056/NEJMms2510427

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。