雨上がりの夜、ラジオから流れたイントロに、ふと胸の奥がざわつくことがあります。
曲名を思い出せなくても、そのときの空気、友人の笑い声、胸の高鳴りがよみがえる。
どうして音楽は、これほどまでに記憶の底を震わせるのでしょうか。
研究者たちは、この不思議な現象を「リミニセンス・バンプ(reminiscence bump)」と呼んでいます。
人生の中で特に思い出が鮮やかに残る時期が、10代から20代前半に集中する—いわば「思い出の座標」です。
フィンランド・ユヴァスキュラ大学の研究チームは、84か国の1891人を対象に「人生でもっとも意味のある曲」を一つ選んでもらい、その曲が発表された年と本人の年齢を照合しました。
その結果、音楽的な記憶にも同じ座標が浮かび上がりました。
分析では、曲の発表時に平均17歳であった時期にピークが見られました。
つまり、多くの人にとって「心に残る歌」は17歳前後のものだったのです。
興味深いのは、男女差でした。
男性では16歳前後、女性では19歳前後にピークがずれ込み、女性ほど「最近の曲」にも強い思い入れを持つ傾向がありました。
さらに年齢を重ねると、10代の曲に加えて、近年聴いた音楽にも新しい座標が打たれていく。
音楽の記憶は固定されたものではなく、人生とともに地図のように広がっていくようです。
研究ではもうひとつ、若い世代に特徴的な小さな「前世代の座標」も見つかりました。
自分が生まれる約25年前の曲—つまり両親の青春時代の音楽—に強い愛着を示す人が少なくなかったのです。
家庭で流れていた曲、車の中で口ずさんだメロディが、世代を超えて記憶の地層に打たれたピンのように残っていく。
研究者たちはこれを「カスケード型リミニセンス・バンプ」と呼びました。
音楽は言葉を超えて記憶を呼び覚まします。
脳の中では、海馬や扁桃体など、感情と記憶を司る領域が同時に活動することが知られています。
ある旋律を聴いた瞬間、当時の感情が体の奥で再生されるのです。
それは、医学的にみても、老年期の認知症ケアなどに応用できる可能性を示しています。
たとえば若いころの愛唱歌を用いた音楽療法では、言葉を失った患者さんが口ずさみ、涙を流す場面がしばしばみられるそうです。
もちろんこの研究にも限界があります。
参加者の多くは欧州や北米出身であり、文化圏による差は今後の検討課題とされています。
また、「その曲をいつ好きになったのか」は正確には測定できていません。
けれども、青春期の音楽が特別な位置を占めるという傾向は、文化を超えて共通していました。
診療の合間にふと流れる曲が、思いがけず昔の情景を連れてくることがあります。
あのときの自分が、そこに確かにいた証としてよみがえってきます。
音楽は、過去と今をそっとつなぐ舟のようなものなのでしょう。
次に流れる一曲が、これからの自分にどんな景色を見せてくれるのか—その旋律が、これからの人生を鮮やかに彩ってくれる気がします。
参考文献:
Burunat I, Mavrolampados A, Duman D, et al. Memory bumps across the lifespan in personally meaningful music. Memory. Published online September 15, 2025. doi:10.1080/09658211.2025.2557960

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
