新しい環境に足を踏み入れるとき、胸の奥に小さな不安が生まれます。
教室や職場、地域の集まりなど、まわりは知らない人ばかり。
話しかけたいけれど、相手がどう思うかを考えると足がすくむ―そんな経験をしたことがある人は少なくないでしょう。
けれども、思い切って言葉を交わした瞬間、凍っていた空気がゆっくりと溶けていくように、安心が広がることがあります。
人との距離を決めているのは、相手ではなく、自分の心の構えなのかもしれません。
スタンフォード大学の研究チームは、若者の孤独と心の不調の背景に「共感の思い込みギャップ(empathy perception gap)」があることを明らかにしました。
研究では5,192人の大学生を対象に、周囲をどの程度共感的(他人の気持ちを理解し、寄り添おうとすること)だと感じているかを調べています。
その結果、学生たちは他人の共感力を実際より平均23.9%も低く見積もっていたことがわかりました。
周囲を冷たいと感じるほど、人は社会的なリスク―知らない人に声をかける、悩みを打ち明ける―を避けるようになります。
その結果、孤独感や抑うつ傾向が強まっていくのです。
研究チームは、この悪循環を断ち切るために二つの介入を行いました。
ひとつは寮内に掲示したポスターで、「95%の学生が落ち込んでいる人を助けようとする」という事実を伝えるものです。
もうひとつは、スマートフォンを使って「クラスメートに声をかけてみよう」と促す行動ナッジ(小さな行動のきっかけ)でした。
数か月後、これらの介入を受けた学生たちは、周囲をより共感的に感じ、見知らぬ人との会話や助けを求める行動が増えていました。
友人関係のネットワークも広がり、人とのつながりが豊かになっていたのです。
この研究が示すのは、「優しさを信じる力」もまた人間関係の土台であるということです。
もちろん、対象はアメリカの大学生であり、文化や年代によって共感の表し方には違いがあります。
しかし、「他人の共感を過小評価しないこと」が孤独を減らす第一歩になるという点は、私たちの社会にも当てはまります。
新しい場所で感じる緊張の裏には、誰もが同じような不安を抱えています。
ほんの一言を交わす勇気を持つことで、人の優しさは思っている以上に近くにあると気づけるように思います。
参考文献:
Pei, R., Grayson, S.J., Appel, R.E. et al. Bridging the empathy perception gap fosters social connection. Nat Hum Behav 9, 2121–2134 (2025). https://doi.org/10.1038/s41562-025-02307-1

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
