私の娘は、時々「デジタル・デトックス」をするのだと言っていました。
スクリーンタイムが増えて情報の渦に巻き込まれてしまうと、どうも心身のバランスが悪くなるのを感じるのだそうです。
XやInstagramなどのSNSアプリを削除して、しばらく過ごす。
それが彼女なりの対処法なのだと言っていました。
確かに「デジタル・デトックス」は、その語感もあいまって、人気を博しているようです。
その背景には、SNSに無為な時間を浪費してしまっている後ろめたさもあるのでしょう。
ただ、実際にSNSに対する心理的な万能薬として、良い効果をもたらしてくれるかどうかの検証はされてきませんでした。
この問いに、ベルギーとオランダの研究チームが科学的に挑みました。
SNS断ち(social media abstinence)が本当に人の幸福感を高めるのか―。
彼らはPubMedやScopusなどのデータベースから10本の実験研究を集め、総計4674人分のデータを解析しました。
2025年に発表されたこの研究は、SNS断ちの効果を検証した世界初の体系的メタ解析のひとつです。
研究で検討されたのは、三つの心理的尺度でした。
* ポジティブ感情(喜びや活力)
* ネガティブ感情(怒りや不安)
* 人生満足度(人生全体への評価)
SNS断ちの期間は1日から28日まで。
FacebookやInstagram、TikTokなど複数のSNSを一定期間完全に断つよう求めた実験が中心でした。
ところが、結果は私たちの直感とは少し違っていました。
どの指標でも、有意な改善は見られなかったのです。
SNSをやめても「幸せになった」とも「落ち込んだ」とも言えず、むしろ大きな変化がないことが確認されました。
休止期間の長さも、幸福感との関連は見られませんでした。
研究チームは、この結果を「効果がない」と片づけるよりも、SNSの功罪が拮抗していると考えています。
SNSをやめれば、比較や情報疲れから解放される一方で、孤立感や退屈、FOMO(取り残される不安)も増える。
そのプラスとマイナスが打ち消し合っているのかもしれません。
もちろん、この分析には限界もあります。
対象は主に欧米の若年層で、実験期間も短い。
多くが学生であり、研究のためにSNSを断ったという状況も影響しているでしょう。
自らの意思で距離を取る場合は、また違う結果が見えてくる可能性があります。
娘のように、自分のリズムで「少し離れる」ことは、単なる我慢ではなく、自分を守る術なのかもしれません。
SNSを閉じたとき、初めは落ち着かず、手持ち無沙汰を感じても、やがて静けさに慣れていく。
完全に断つより、使い方を見直す―それが今の時代に合った距離感なのだと思います。
SNS断ちは、心の特効薬ではありません。
しかし、情報の波に揺れる時代に、「いったん離れる」という選択肢を持つこと。
その余白が、私たちの内側に新しい呼吸を取り戻してくれるのかもしれません。
参考文献:
Lemahieu L, Vander Zwalmen Y, Mennes M, Koster EHW, Vanden Abeele MMP, Poels K. The effects of social media abstinence on affective well-being and life satisfaction: a systematic review and meta-analysis. Sci Rep. 2025;15(1):7581. Published 2025 Mar 4. doi:10.1038/s41598-025-90984-3

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
