診察室で患者さんの話を聴いていると、「昔はもっと大変だったけど、今はあの頃よりましです」と逞しく笑う方がいます。
苦しい経験を重ねても、困難に動じず、前を向いている方々です。
医師として、その強さの根源に興味を抱いてきました。
最近の研究が、この現象に科学的な裏づけを与えています。
アメリカ・ノースカロライナ大学グリーンズボロ校のエリ・コールらのチームは、「ストレスをどう評価するか(ストレス評価)」を新たな手法で測定しました。
彼らは日常から人生の危機までを描いた42の短い物語(ヴィネット)を作成し、237名の大学生に「自分ならどれほどつらいと感じるか」を10段階で評価してもらいました。
さらに、幼少期の逆境経験や過去1年のうつ症状、性格特性(神経症傾向)なども調べました。
分析の結果、三つの特徴が浮かび上がりました。
* 幼少期に逆境を経験した人は、ストレスの強さを相対的に低く評価する傾向を示しました。
* 最近うつを経験した人は、ストレスをより強く感じ、出来事の深刻さが増すほど反応が急激に高まりました。
* 神経症傾向は一見関連しているように見えましたが、うつ症状を考慮すると、その影響は消えました。
つまり、子どもの頃にある程度の困難を乗り越えた人ほど、後の人生で「ストレス耐性(ストレス・イノキュレーション)」を得る可能性がある。
一方で、最近のうつ体験は、同じ出来事を過度に厳しく感じやすくし、負のスパイラルを強めるおそれがあります。
この研究の核心は、「出来事そのものより、それをどう受けとめるか」にあります。
ストレスの評価は、心のレンズの曇り具合のようなもの。
過去の痛みがそのレンズを磨き、逆にうつは曇らせる。
その違いが、人生の景色をまるで別のものに変えていきます。
ただし、この研究は架空の出来事を用いたもので、現実の場面とは異なるかもしれません。
また、対象が大学生に限られている点にも注意が必要です。
思えば、私自身も若いころに味わった失敗や孤独が、今の自分を形づくっていると感じることがあります。
人は傷つきながらも回復する力をもつ生き物です。
困難は避けたいものですが、その中で小さな「免疫」が育つこともある。
そう考えると、人生の荒波にも少し冷静なまなざしを向けられる気がします。
参考文献:
Cole, E., Ponder, D., Grillo, A. R., Suresky, R., Stroud, C. B., & Vrshek-Schallhorn, S. (2025). Association of early adversity, neuroticism, and depression with perceived severity ratings of stressful life event vignettes. Cognition and Emotion, 1–12. https://doi.org/10.1080/02699931.2025.2542921

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
