大学時代にインドやケニアを旅したとき、日本ではなかなか出会えない種類の「豊かさ」に触れた気がします。
決して裕福とは言えない暮らしの中で、家族や隣人と助け合い、ささやかな日常を慈しむ人々の眼差し。
その穏やかで力強い表情を思い出すたび、私たちは一体、何をもって自分の幸せを測っているのだろうかと、立ち止まって考えてしまいます。
経済的な豊かさが必ずしも幸福度に直結しないことは、長年指摘されてきました。
特に日本や韓国のような東アジアの国々は、経済的に成功しているにもかかわらず、国民の幸福度が欧米諸国に比べて低いという「東アジアの幸福のパラドックス」が知られています。
この長年の謎に、個人の内面にある「文化的なメカニズム」から光を当てた研究があります。
研究者たちは、幸福度の文化差を生む可能性のある、以下の5つの心理的な仕組みを提示しています。
* 自己の捉え方:自己を肯定的に捉える(自己高揚的)か、謙遜しがち(自己卑下的)か。
* 評価の基準:自分の内的な感情を重視する(内的基準)か、他者の評価や社会規範を気にする(外的基準)か。
* 社会との関わり方:社会規範が緩やかか、あるいは厳格で他者との比較が多いか。
* 物事の考え方:幸福を純粋にポジティブなものと捉える(分析的思考)か、「良いことの後には悪いことがある」とバランスを考える(弁証法的思考)か。
* 人間関係の作り方:友人関係などを自由に選び直せる(関係流動性が高い)か、固定的で変えにくい(関係流動性が低い)か。
この違いが幸福度にどう影響するのかを探るため、研究チームは韓国人と欧米系アメリカ人に「最近あった幸せな出来事」を語ってもらう実験を行いました。
その後、研究者があえて否定的な感想を伝えると、アメリカ人参加者の幸福感はほとんど変化しませんでしたが、韓国人参加者は自分の幸福度の評価を著しく下げてしまったのです。
この結果は、私たちが持つ「幸福の物差し」が文化によって異なることを示しています。
欧米文化の物差しは、自分の感情という内側に目盛りが刻まれた「内蔵型」なのかもしれません。
他人の評価という外部の磁場にあまり影響されず、自分の感覚を頼りに幸せを測ります。
一方で、東アジア文化の物差しは、他者の視線や社会の期待という外側からの情報で目盛りが決まる「参照型」に近いようです。
常に周囲の反応を参考にするため、たった一言の否定的な言葉で、物差しの目盛りが大きく揺らいでしまうのです。
もちろん、この研究は東アジアと北米の比較が中心であり、世界中の文化に当てはまるわけではありません。
また、これらの文化的メカニズムは互いに複雑に影響し合っています。
インドやケニアで感じたあの空気感も、彼ら独自の文化的な物差しが作り出していたのでしょう。
どちらの物差しが優れているという話ではありません。
大切なのは、自分がどんな物差しを持っているのかを知ること。
そして時には、他人の物差しを少し借りて世界を眺めてみることなのかもしれません。
それは、他者を通して自分を見つめ直す小さな幸福の練習にもなります。
参考文献:
Choi H, Choi E. Unraveling Why Happiness Levels Vary Across Cultures: Mechanisms Underlying East-West Differences. Soc Personal Psychol Compass. 2025;19:e70078. doi:10.1111/spc3.70078

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
