私たちは他者との間で波風を立てないよう、知らず知らずのうちに「思いやり」という名の振る舞いを身につけています。
相手の小さな矛盾には気づかぬふりをし、波風を立てないように表面的な合意を保つ。
社会学者の奥村隆氏が言うように、私たちの日常は、こうした「思慮と方便的なうそ」によって支えられているのかもしれません。
しかし、常に「思いやり」だけを差し出し続ける社会は、どこか息苦しい。
そこで必要になるのが、氏の言う「かげぐち」です。
表立っては言えない本音や矛盾を処理するための安全弁として、「思いやり」の体系を維持するためにこそ、「かげぐち」は機能するというのです。
この「かげぐち」は、決して人間関係を壊すためのものではありません。
むしろ、人間社会が自らを保つための調整装置として機能します。
心の奥にしまっておけない小さな違和感や思いを、例えば恋人やパートナーなど、信頼できる相手と共有する。
その営みが、二人の関係をより親密にしている可能性さえあります。
そして、この疑問に科学の光を当てたのが、今回ご紹介する研究です。
「ゴシップ(噂話)」といえば、一見ネガティブな行為ですし、その性質上、表立つこともありません。
そのうえ、恋人同士の会話における役割は未知の領域でした。
また、今まではアンケート調査が主流だったため、実際の会話の実態は捉えきれていませんでした。
そこで研究者たちは、EAR(電子的に起動される記録装置)という手法を用いました。
これは参加者の日常会話を短時間ずつ自動録音するもので、いわば「科学の聞き耳頭巾」です。
実験室ではない、ありのままの会話をそのまま捉えることができます。
研究では、76組(152人)の同性および異性のカップルにこのEARを装着してもらい、週末の会話を記録しました。
集められた合計98,873件もの音声データから、恋人との噂話の頻度と、各自が報告した幸福度や関係性の質との関連を分析したのです。
その結果、次のような傾向が見られました。
* 恋人と噂話をする頻度が高いほど、本人の幸福度も高い傾向がありました。
* この関連は、カップルの性別の組み合わせ(同性・異性)にかかわらず見られました。
恋人との噂話は、二人の関係性を調整する潤滑油のように働いているのかもしれません。
共通の知人について語り合う行為は、単なる情報交換ではなく、二人だけの社会的な地図を描く共同作業です。
「私たちは同じチームだ」という連帯感を生み出し、二人が同じ方向を向いて外の世界を眺める。
そんな視線の共有が、幸福感をそっと押し上げているのでしょう。
もちろん、この研究は「噂話をするから幸せになる」という因果関係を証明したわけではありません。
むしろ、幸せなカップルだからこそ噂話が増える可能性もあります。
また、調査対象が南カリフォルニアの住民に限られている点も考慮すべきでしょう。
とはいえ、社会生活で求められる「思いやり」の緊張を、最も信頼できるパートナーとの「かげぐち」でそっと分かち合う。
それは、私たちの心のバランスを保つための、人間らしく、そして愛おしい営みなのかもしれません。
今日もあの人と交わす小さな噂話が、思いやりを育て、絆を深めているのだとしたら。
この研究は、そんな日常のささやかな裏側を教えてくれます。
参考文献:
Spahr, C. M., & Robbins, M. L. (2025). Spill the tea, honey: Gossiping predicts well-being in same- and different-gender couples. Journal of Social and Personal Relationships, 0(0). https://doi.org/10.1177/02654075251375147

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
