赤ちゃんの脳は4ヘルツで動く―視覚の発達が奏でるリズム

赤ちゃんの脳は4ヘルツで動く―視覚の発達が奏でるリズム

 

ずっと遠い昔のころ。

娘が生後8か月を迎えたころ、カラフルなモビールをじっと見つめながら、リズムを刻むように手足を動かしていたことを思い出します。

娘はあの揺れに“音楽的な秩序”を感じているに違いない、まさか天才か?と、実に見事な親バカぶりを発揮していたものです。

そんな記憶を呼び起こす研究が、ドイツ・レーゲンスブルク大学とオックスフォード大学の共同チームから発表されました。

彼らは「乳児の脳がどんなテンポで世界を処理しているのか」を探ったのです。

 

成人の脳では、10ヘルツ(1秒間に10回)のアルファ波が視覚処理の中心的リズムとして知られています。

しかし、8か月の乳児(42人)を対象に、点滅するモンスター画像を使った実験で得られた結果は意外なものでした。

どの周波数(2〜30ヘルツ)で刺激しても、赤ちゃんの脳は4ヘルツ前後で強く反応したのです。

この4ヘルツは「シータ波」と呼ばれるリズム帯で、成人では主に記憶や学習に関係するものです。

 

研究チームはさらに、ランダムに明るさが変化する画像(ブロードバンド刺激)を見せ、脳波の応答(インパルス応答関数)を解析しました。

その結果、刺激に含まれていた4ヘルツ成分だけが選択的に共鳴し、約1秒間続く“知覚の残響(perceptual echo)”が確認されました。

興味深いことに、この現象は前頭部の電極でも検出され、単なる視覚野の反応を超えた広いネットワークの関与が示唆されました。

 

では、なぜ赤ちゃんの脳は4ヘルツという“ゆったりしたテンポ”で世界を処理するのでしょうか。

成人の脳が10ヘルツで情報を素早く選別し、必要なものだけを残すのに対し、赤ちゃんの脳はまだ「取捨選択のフィルター」を持ちません。

そのかわりに、4ヘルツという低速のリズムで、感覚の断片をひとつひとつ結びつけ、世界の秩序を学んでいくのです。

1秒間に4回という穏やかなサイクルが、視覚や聴覚、触覚など複数の感覚をゆるやかに統合し、「これはお母さんの顔」「これは自分の手」といった最初の理解を形づくります。

まさに、赤ちゃんが世界をインプットしていくリズムなのです。

 

一方、同じ方法を成人7人に試すと、予想どおり10ヘルツのアルファ波が優勢に現れました。

つまり、人間の脳は発達の過程で「シータ主導」から「アルファ主導」へとテンポを上げていくようなのです。

赤ちゃんの脳が4ヘルツで刻むリズムは、情報をゆっくりと取り込み、世界を組み立てていくプロセスそのものを映していると考えられます。

 

ただし、この研究では生後8か月の一時点のみを観察しており、年齢による変化の連続性までは追えていません。

今後は、幼児期から思春期、さらには老年期まで、脳のリズムがどのように移り変わっていくのかを追う必要があります。

 

あの日のモビールを見つめる我が子のまなざし。

そこには、4ヘルツで刻まれる小さな“世界理解の鼓動”があったのかもしれません。

情報に追われる日々の中で、私たち大人の10ヘルツの世界が速すぎると感じるとき、その静かなテンポに耳を澄ませてみると、もう一度「学びの始まり」のリズムに出会える気がします。

 

参考文献:

Baldauf M, Jensen O, Köster M. Infant Brains Tick at 4Hz – Resonance Properties of the Developing Visual System. bioRxiv. Preprint posted online September 11, 2025. doi:10.1101/2025.09.11.675068

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。