病院勤務医時代の私は、いわゆるベン・ケーシー(白い半袖の診療着)スタイルに白衣を重ねて診療していました。
しかし開業してからは、もっぱらスクラブを愛用しています。
外来と透析室を行き来するのも動きやすいですし、宿直のときも重宝しています。
そして、何より清潔を保ちやすく、汗をかく季節でも快適に動けます。
これまで服装は自分の仕事のしやすさのための選択にすぎないと思っていましたが、最近読んだ論文では、患者の側から見た“医師の服装の意味”を丁寧に掘り下げていて、とても興味深く感じました。
そもそも、医師の服装を研究対象とするという発想自体が興味深いものです。
医師にとっては「そんなことより診療の質が大事だ」と思うかもしれませんし、患者にとっても「白衣を着ていれば医者らしい、それでいい」という感覚があるでしょう。
しかし、医師と患者の関係は、最初の「第一印象」から始まります。
言葉を交わす前に、患者は服装や表情から信頼できるかどうかを無意識に判断しているとされています。
近年の医療現場では、患者満足度や医師への信頼が治療成果にも関わることが知られていて、その第一印象を左右する「服装」に改めて注目が集まっているのです。
このような背景から、BMJ Open誌に掲載された今回の研究では、2015年から2025年までに発表された32本の研究(対象患者は97〜6467人)を分析し、医師の服装が患者の信頼・安心感・専門性の評価にどのように影響するかを整理しました。
その結果、患者の好みは診療場面によって大きく異なっていました。
* 外来やプライマリケア(一般診療)では、「カジュアル+白衣」の組み合わせが最も好まれ、親しみやすさと信頼感の両立に役立つ。
* 救急外来や手術室などの高緊張環境では、清潔感と即応性を象徴する「スクラブ姿」が圧倒的に支持された。
* 一方で、皮膚科や眼科、脳神経外科では、依然として「白衣姿」が専門性と信頼の象徴として根強い人気を保っていた。
性別による印象の違いも興味深い結果でした。
男性医師はスーツや白衣姿で「信頼できる」と評価されやすい一方、女性医師が同じ服装をしていても「看護師や助手」と誤認されることがあったのです。
これは医療現場に残る無意識の偏見を映し出しています。
さらにCOVID-19の流行を経て、衛生面への意識が高まり、多くの患者が「スクラブ+マスク」のスタイルに安心感を抱くようになりました。
感染予防という現実的な理由が、医師の外見に対する価値観を変えたようです。
私自身、診療中のスクラブ姿に慣れてしまった今、この研究の結果を読むと、服装が患者さんに与える印象をもっと意識してもいいのかもしれないと感じました。
白衣が象徴してきた権威や清潔感は、スクラブの機能性と親近感へと少しずつシフトしています。
結局、医師が「人間にしかできないこと」に集中するために、服装もまた信頼をつくる道具のひとつなのだと改めて思いました。
参考文献:
Kim J, Ba Y, Kim JY, Youn BY. Patient perception of physician attire: a systematic review update. BMJ Open. 2025;15(8):e100824. Published 2025 Aug 12. doi:10.1136/bmjopen-2025-100824

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
