私のクリニックでは、血液をサラサラにする目的で、毎日アスピリンを飲んでいる患者さんが多くいらっしゃいます。
解熱鎮痛剤としても古くから使われており、私たちにとって最も身近な薬の一つです。
そのアスピリンが、がんの治療にも役立つ可能性があるという話題を目にすると、身近さゆえに一層驚きを感じます。
とくに今回紹介する研究は、大腸がんの再発予防という、この古い薬の知られざる一面を教えてくれました。
大腸がんは世界で年間190万件もの新規患者が診断される病気で、手術や抗がん剤が進歩しても3〜4割の人に再発が起こります。
従来からアスピリンは痛み止めや心血管病の予防薬として使われてきましたが、がんに効くのは特定の遺伝子変化を持つ腫瘍に限られるのではないかと考えられてきました。
そのカギとなるのがPI3Kというシグナル伝達経路の異常です。
スウェーデンを中心に北欧4か国で行われたALASCCA試験では、PI3K経路に異常を持つ大腸がん患者626人を対象に、1日160mgのアスピリンか偽薬を3年間内服してもらいました。
その結果、PIK3CAという遺伝子の特定の変異を持つグループでは、3年後の再発率がアスピリン群で7.7%、偽薬群で14.1%と、半分近くに抑えられていました。
別の種類のPI3K関連変異を持つ患者でも、再発率は7.7%対16.8%と同様の効果がみられました。
全体でみても、病気が再発せずに過ごせる「無病生存率」はアスピリン群でおおよそ88〜89%、偽薬群で78〜81%と差が出ています。
もちろん注意も必要です。
この研究は特定の遺伝子変異を持つ患者さんに限られており、すべての大腸がん患者に当てはまるわけではありません。
さらに、アスピリン群では重い副作用(消化管出血や血栓症など)が16.8%に起き、偽薬群の11.6%より多くなっていました。
死に至る副作用も少数ながら報告されており、決して万能薬ではありません。
それでも、すでに安価で世界中に広く使われている薬が、遺伝子検査によって再発リスクの高い患者に新しい武器となる。
これは、がん治療の「精密医療(プレシジョン・メディスン)」の象徴的な一歩と感じます。
鍵と鍵穴がぴたりと合うように、特定の分子異常を持つ患者にのみ効果を発揮する。
未来の診療室で、遺伝子の地図を手にしながら「この患者さんにはアスピリンを」という選択が当たり前になる日も近いかもしれません。
参考文献:
Martling A, Hed Myrberg I, Nilbert M, et al. Low-Dose Aspirin for PI3K-Altered Localized Colorectal Cancer. N Engl J Med. 2025;393(11):1051-1064. doi:10.1056/NEJMoa2504650

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
