クリニックで90歳を超える患者さんと話していると、「人生100年時代」という言葉が現実味を帯びてきます。
一昔前なら考えられなかった長寿の方々が、元気に通院している。
その姿に医学の進歩と時代の変化を強く感じます。
けれども、この寿命の伸びは本当に今後も同じペースで続くのでしょうか。
そんな疑問に答える研究があります。
これまで寿命の議論は、特定の年の死亡率を基にした「平均寿命(ピリオド生命期待)」が中心でした。
ただし、この指標はインフルエンザ流行のような一時的な出来事で大きく変動します。
今回紹介する研究では、より現実に近い「コホート生命期待」を用いました。
これは同じ年に生まれた人々が、平均で何歳まで生きるのかを示すものです。
人生という映画を最初から最後まで追うような視点です。
研究チームは23の高所得国を対象に、1939〜2000年生まれの人々の未来の死亡率を6種類の統計モデルで予測しました。
結果は「寿命の伸びが鈍化している」ことでした。具体的には次の通りです。
・1900〜1938年生まれの世代では、寿命は毎年0.46年ずつ延びていた。
・1939年以降に生まれた世代では、そのペースが37〜52%も低下すると予測されている。
・多くの国で、1世代あたりの寿命の伸びは0.2〜0.3年にとどまる見込みとなった。
つまり、どの予測方法を使っても減速は一貫して確認されたのです。
なぜ、これまで順調だった寿命の伸びにブレーキがかかるのでしょうか。
その最大の理由は、若年層での死亡率改善がほぼ限界に達したためです。
分析によると、この減速の半分以上は5歳未満、そして3分の2以上は20歳未満の死亡率改善ペースの低下によって説明できることが分かりました。
20世紀の寿命の伸びは、まるでロケットの巨大な一段目ブースターでした。
感染症の克服や公衆衛生の向上によって、若くして亡くなる人が劇的に減り、寿命を一気に押し上げたのです。
しかし、そのブースターはすでに役目を終えつつあります。
これからの寿命の伸びは、中高年以降の医療の進歩という、二段目の小さなエンジンに委ねられています。
力強い加速は、もはや期待できないのかもしれません。
私が生まれた1965年も研究対象に含まれています。
親の世代が経験した劇的な寿命の延びは、自分の世代には訪れないのかもしれません。
ただし、これは悲観ではありません。
若者の命を守るという大きな課題を、人類がすでに成し遂げた証しだからです。
これからの焦点は「長さ」ではなく「質」。
いかに健康で豊かに生きるかへと移っていきます。
私たちが「当たり前」と信じてきた寿命の伸びも、視点を変えれば違った姿を見せます。
未来の健康を守るために、過去の成功に安住せず、次にどこへ力を注ぐかを考える時期に来ているのだと思います。
参考文献:
Andrade J, Camarda CG, Pifarré I Arolas H. Cohort mortality forecasts indicate signs of deceleration in life expectancy gains. Proc Natl Acad Sci U S A. 2025;122(35):e2519179122. doi:10.1073/pnas.2519179122

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
