心房細動アブレーション後の抗凝固薬―続けるか、やめれるか

心房細動アブレーション後の抗凝固薬―続けるか、やめれるか

 

「一度飲み始めた薬を、いつまで続けるべきか。」

これは多くの人が一度は考える疑問です。

特に、治療によって病気の原因そのものが取り除かれた後なら、なおさらでしょう。

心房細動という不整脈の治療現場でも、まさに避けて通れない疑問です。

重篤な合併症を防ぐための薬について、「やめる」という選択肢はあり得るのでしょうか。

 

心房細動(AF)は、心臓が不規則なリズムとなることで血流が滞り、血栓ができやすくなる病気です。

この血栓が脳に飛べば脳梗塞を引き起こすため、多くの患者は血液を固まりにくくする経口抗凝固薬(OAC)を飲み続けています。

近年では、カテーテルアブレーションによって異常な電気信号を断ち切り、心臓のリズムを正常に戻すことが可能になりました。

治療が成功しても、これまでは「万が一の再発」に備えて薬を続けるのが一般的でした。

ただし、その利益と出血リスクを比べたとき、どちらが勝るのかははっきりしていませんでした。

 

そこで韓国の研究チームは、この長年の疑問に答えるために臨床試験「ALONE-AF」を実施しました。

対象となったのは、アブレーション治療後1年以上再発がなく、CHA2DS2-VAScスコアが男性1点以上、女性2点以上の840人の患者です。

参加者は薬の服用を「中止する」417人と、「継続する」423人にランダムに分けられ、その後2年間にわたり健康状態が追跡されました。

 

2年後に明らかになった結果は興味深いものでした。

脳卒中や全身性塞栓症、大出血といった重大な事態の発生率は、中止群で0.3%、継続群では2.2%。

差が生じた主因は出血リスクでした。

大きな出血は継続群のみで5例(1.4%)発生し、そのうち1例は出血性脳卒中により後遺障害が残りました。

一方で、もっとも懸念される血栓による脳卒中や塞栓症の発生率は両群で大きな差はなく、中止群0.3%、継続群0.8%にとどまりました。

数値が示すのは「出血リスクの軽減」という明確な違いでした。

 

とはいえ、中止群ではTIA(一過性脳虚血発作)が2例起きており、完全にリスクが消えるわけではありません。

また、米国の観察研究ではスコアが高い患者で抗凝固薬をやめると脳卒中リスクが増えると報告されている一方、日本の観察研究では中止しても血栓塞栓症は増えず、むしろ大出血が減ったとする報告もあります。

つまり、今回の試験は出血リスクが高い人には朗報となり得る一方で、脳卒中リスクの高い人には慎重な判断が必要だと示しています。

 

この結果をどう解釈するべきでしょうか。

抗凝固薬を飲み続けることは、常に「転ばぬ先の杖」を持つことにたとえられます。

心房細動という不安定な足場を歩く上では、脳梗塞という最悪の転倒を防ぐために欠かせない杖です。

しかしアブレーション治療によって足場がしっかり固められた後も、その杖を突き続けるべきなのか。

今回の研究は、足場が安定したなら杖を手放すことで、今度は杖が何かに引っかかって転ぶ(出血する)リスクを減らせる可能性を示しています。

つまり、不整脈という根本の問題が解決された後には、薬という「備え」が逆に新たな危険を生むこともあるのです。

ただし、もともと転倒のリスクが極めて高い人、たとえば脳卒中の既往があるような場合には、杖を持ち続ける賢明さが求められることも強調されています。

 

今回の研究結果は、すべての心房細動患者に当てはまるわけではありません。

しかし、医師と患者が「薬をやめる」という選択肢を、具体的なデータに基づいて一緒に考えるための重要な判断材料を提供したことは確かです。

これまで「念のため継続」が主流だった治療方針に、科学的な根拠をもって新たな可能性を示しました。

医療が画一的なルールから一人ひとりの状態に合わせた「個別化」へと進んでいく、その確かな一歩を感じさせる報告だと言えるでしょう。

 

結論として、抗凝固薬をやめることが誰にとっても安全とは言えません。

ただし、「長期服用が前提とされてきた」という考え方に変化を与えたことは確かです。

患者ごとの背景や希望を尊重し、医師と十分に相談しながら最適な道を探していくことが、これからの治療においてますます大切になっていくでしょう。

 

参考文献:

Kim D, Shim J, Choi EK, et al. Long-Term Anticoagulation Discontinuation After Catheter Ablation for Atrial Fibrillation: The ALONE-AF Randomized Clinical Trial. JAMA. Published online August 31, 2025. doi:10.1001/jama.2025.14679

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。