犯罪捜査の世界で、こんな話があります。
コンピュータで作られたモンタージュ写真よりも、訓練を受けた技術者が描いた似顔絵のほうが、犯人の検挙につながるケースが多いというのです。
ソフトウェアは目や鼻を組み合わせることは得意ですが、人の記憶にあるあいまいな表情や雰囲気をすくい取るのは苦手です。
その点、アーティストが証言から引き出した情報を解釈して描く似顔絵は、脳内の「ぼんやりしたイメージ」を形にする力を持っています。
つまり、頭の中にある内的モデルを現実に翻訳する作業において、人間の直感が強みを発揮するのです。
この「内的モデル」の働きは、私たちの日常的な視覚体験にも深くかかわっています。
視界に広がる世界がいつも滑らかに理解できるように思えるのは、脳が絶えず予測を働かせ、現実と照らし合わせながら処理をしているからです。
たとえば台所を思い浮かべると、多くの人はシンクや冷蔵庫の配置を自然に想像できます。
スーパーで「卵どこだっけ」と迷っても、足が自然と冷蔵棚に向かうのも同じ理屈です。
記憶や経験から得た典型的な光景のモデルが、私たちの理解を支えているのです。
従来の研究は、研究者がシーンの一部をわざと「変」にすることで、このモデルの中身を探ろうとしてきました。
街灯を居間に置くといった具合です。
その結果、典型的な配置があると視覚処理は効率的になり、逆に奇妙な配置では処理が遅れることがわかっています。
ただしこの方法には欠点もあります。
研究者の直感に依存しやすく、また現実離れした刺激を作らざるを得ないため、実際の体験とは乖離する部分もあるのです。
そこで注目されているのが、参加者自身に「典型的な場面」を描いてもらうという手法です。
線画は余計な情報をそぎ落とし、核心だけを表現するため、脳がどの特徴を重視しているかが見えてきます。
実際、子どもの描画は発達に応じて細部の表現が増えていき、大人では記憶の精度や予測の働きを映し出します。
ある研究では、参加者が自分で描いたリビングの線画をもとに3D画像を作りました。
すると、その画像は本人にとって驚くほど認識しやすかったのです。
ちょうど、自分の家のソファならクッションのへたり具合まで思い浮かぶように。
他人の描いたものよりも、自分の「内的モデル」に沿った方が処理が速く、正確だったのです。
さらに、VRでの家具配置や言葉による記述、あるいは脳活動のパターン解析など、さまざまな方法が試みられています。
いずれも共通するのは、個人ごとの「世界の見え方」が予想以上に多様であるという点です。
同じ「台所」でも、人によって決定的に違う特徴が浮かび上がることがあります。
ある人にとって台所は調理器具でぎっしり、また別の人にとっては食べかけのお菓子の袋であふれているかもしれません。
結論として、内的モデルの研究は、脳がどうやって効率的に世界を理解しているかを解き明かす鍵となります。
従来の一律的な方法に加え、個々人の視覚経験を直接引き出す試みを組み合わせることで、文化や発達段階、さらには疾患による違いまで明らかにできるでしょう。
つまり、私たちの「当たり前の景色」は決して一枚絵ではなく、それぞれの人が持つユニークな設計図だといえます。
人類の視覚の研究史は、誰かの描いた「ヘンなリビング」に笑いながらも、そこに深い科学を見出す営みなのかもしれません。
参考文献:
Engeser M, Ajith S, Duymaz I, et al. Characterizing internal models of the visual environment. Proc Biol Sci. 2025;292(2053):20250602. doi:10.1098/rspb.2025.0602

紹介した論文の音声解説を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
