ウソを知り、ウソに強くなる—ワクチンのニセ情報と心の予防接種

ウソを知り、ウソに強くなる—ワクチンのニセ情報と心の予防接種

 

映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』では、実在の詐欺師が最終的にFBIの金融詐欺部門のコンサルタントとして働く姿が描かれていました。

ウソと戦う最善の方法は、ウソのつき方を知ることかもしれないという逆説的な発想です。

ワクチンを巡るニセ情報もまた、時に公衆衛生を脅かすほどの力を持ちます。

例えば、新型コロナ禍ではニセ情報が米国の接種率を2%以上下げ、1日あたり5,000万〜3億ドルの損失につながったと推計されています。

次から次へと生まれるウソを一つひとつ追いかけて論破するのは、モグラ叩きのように果てしない作業です。

 

そこで研究者たちは「心の予防接種」という発想を試しました。

事前に“弱めたニセ情報”を体験させ、次に出会う本物のデマに強くなるという仕組みです。

その実験道具がオンラインゲーム「Bad Vaxx」でした。

登場するのは4人のキャラクター。

涙ながらに語るAnn McDotal、怪しい博士号を掲げるDr. Forge、「自然こそ絶対」と信じるAli Natural、陰謀を囁くMystic Mac。

どれも現実のSNSでよく見かけるタイプを象徴しています。

 

3つの研究に2,326人が参加しました。

その結果、ゲームを体験した人々はニセ情報を「操作的だ」と見抜く力が明らかに高まりました。

統計的な効果量はおおむねd=0.3前後で、安定した効果が確認されています。

ニセ情報を広める「悪玉」になるより、とくに「善玉」で戦うバージョンの方が強い効果を示しました。

さらに自分の判断への自信も増し、SNS上でのシェア行動も改善し、ニセ情報を広めにくく、正確な情報はむしろ広めやすくなる傾向が見られました。

そして特に注目すべきは、操作手口そのものを見抜く力が平均で約5%向上した点です。

 

このゲームが教えるのは「事実」そのものではなく「手口の見抜き方」です。

変わり続けるデマを一つずつ否定するより、相手の常套手段を理解しておく方が合理的です。

しかもプレイ時間は15分程度と短く、コストも低い。

気軽に打てるワクチンのような存在と言えるでしょう。

 

もちろん、研究は米国の参加者に限られており、実際のSNS環境で長期的に効果が続くかは不明です。

それでも、真面目な啓発よりも遊びの形をとる方が人に届きやすい可能性があります。

ニセ情報に疲弊する社会にとって、この“心の予防接種”は新しい免疫のかたちを示しています。

 

参考文献:

Appel RE, Roozenbeek J, Rayburn-Reeves R, et al. Psychological inoculation improves resilience to and reduces willingness to share vaccine misinformation. Sci Rep. 2025;15(1):29830. Published 2025 Aug 18. doi:10.1038/s41598-025-09462-5

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。