自分の身体がどこで終わり、世界がどこから始まるのか。
ソファーで深くくつろいでいると、自分とソファーの境界が曖昧になるような感覚を覚えることがあります。
この哲学問答のようなテーマに、シェフィールド大学の研究チームが科学のメスを入れました。
彼らは、私たちが自分の身体の輪郭をどれほど正確に認識しているのかを調べたのです。
実験方法は、少し変わっています。
参加者は目隠しをされ、手のひらや足首などの2カ所を同時に軽く突かれます。
そして、「その2点を結んだ線の真ん中は、身体の内側にありますか、それとも外側ですか?」と質問されるのです。
研究チームは、事前に3Dスキャナーで参加者一人ひとりの正確な身体の形状を記録しており、その答えがどれだけ現実に近いかを検証しました。
その結果、いくつかの興味深い事実が浮かび上がりました。
まず、私たちの身体認識は、視覚に頼らなくても非常に正確でした。
手のひらの実験では、多くの参加者がミリメートル単位で境界を言い当てています。
平均的な判断のズレ(バイアス)はわずか-0.4 mmで、ほぼ完璧でした。
境界線の曖昧さを示す「幅」も平均4.9 mmと、ごくわずかです。
普段あまり意識しない足首ですら、手のひらと大差ない精度を保っていました。
さらに、この認識は単なる2次元の輪郭ではありませんでした。
手のひらのわずかな凹凸といった、細かい3次元の立体構造まで正確に把握していたのです。
脳の中には、のっぺりとした地図ではなく、かなり精巧な立体模型が収められているようです。
しかし、最も不思議なのは、自分の身体が平均的な形状と少し違う場合に見られた現象です。
例えば、くるぶしの出っ張りが平均より小さい参加者は、判断を求められると、自分の平坦なくるぶしではなく、「平均的な、出っ張ったくるぶし」を基準に答える傾向があったのです。
その結果、判断の正答率が下がってしまいました。
自分の身体であるにもかかわらず、脳内の「私」は、どこか一般的なモデルに寄せられていたのです。
これらの結果から、私たちの脳は、リアルタイムの感覚情報と、過去の経験から作り上げた「標準的で典型的な身体」の3Dモデルを統合して、「私」の輪郭を描き出していると考えられます。
生々しい現実の身体と、脳が理想として持つ身体。
その間で揺れ動いているようです。
自分の身体なのに、どこか他人行儀なところがある。
そんな脳の働きが、なんだか少し人間らしくて、憎めない気もします。
参考文献:
Blaise CR, Clark HC, Saal HP. Can we tell where our bodies end and the external world begins? Evidence for precise three-dimensional internal body models. Proc Biol Sci. 2025;292(2052):20251255. doi:10.1098/rspb.2025.1255

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
