南極の氷の世界。
繁殖期を迎えたオスのヒョウアザラシは、水中で何時間もぶっ通しで歌い続けるのだそうです。
これは求愛や縄張りを主張するための行動だとされています。
彼らは数種類の決まった鳴き声を組み合わせて、個体ごとに異なる独自の歌を作り上げます。
実際のヒョウアザラシの歌声はこちらの動画で聞くことができます。
このアザラシの歌の構造を分析した研究があります。
研究では、情報のランダムさ、つまり「予測のしにくさ」を数値化する「情報エントロピー」という指標が用いられました。
情報エントロピーが高いほど、次に来るものを予測するのが難しい、ランダムな配列であることを意味します。
東南極に生息する26頭のオスの歌を分析したところ、そのエントロピーは、完全にランダムというわけではありませんでした。
かといって、複雑な構成を持つザトウクジラの歌ほど予測しやすくもない。
その予測のしにくさは、なんと人間の童謡に匹敵するレベルだったのです。
ちなみに、ビートルズの楽曲やクラシック音楽よりは、はるかに単純で予測しやすい構造でした。
分析からは、歌が単なる鳴き声のランダムな羅列ではないことも分かっています。
少なくとも、直前の鳴き声が次の鳴き声に影響を与えている(専門的には1次マルコフモデルが適合する)ことが示されました。
さらに詳しく見ると、21頭のアザラシの歌には、「前に鳴いた音」の影響を超えて、もっと前に鳴いたいくつかの音の組み合わせ(より長いパターン)が次に来る音を決めているような、さらに深い構造が存在することが明らかになりました。
ヒョウアザラシは、繁殖期に広く分散して単独で行動します。
そのため、遠くまで届く音でコミュニケーションをとる必要があります。
音の中身(周波数など)は、遠くまで伝わるうちに劣化しやすいものです。
しかし、決まった音の「並び順」という構造であれば、劣化しにくく、情報を正確に届けられます。
つまり、彼らの歌は、その構造自体が個体を識別するサインになっている可能性があるのです。
実際、同じ個体は数日間にわたって同じ歌のパターンを維持することが確認されています。
南極の静寂の中、氷の下の水中から聞こえてくる素朴なラブソング。
それは、遠くにいる誰かに「ぼくはここにいるよ」と伝えるための、洗練されたメッセージなのかもしれませんね。
童謡のような、単純だけど、だからこそ確かに届くメッセージ。
そんな想像をしてみるのも、一興ではないでしょうか。
参考文献:
Chambers, L.E.H., Buck, J.R. & Rogers, T.L. Leopard seal song patterns have similar predictability to nursery rhymes. Sci Rep 15, 26099 (2025). https://doi.org/10.1038/s41598-025-11008-8

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
