2002年公開の映画『ジェリー』で、ガス・ヴァン・サント監督は、ただひたすら砂漠をさまよう二人の若者の姿を描いています。
どちらも名前は「ジェリー」。特別なストーリーはなく、乾いた大地を延々と歩き続ける二人の姿と、とりとめのない会話だけが続きます。
しかし時間が経つにつれて、暑さと脱水症状で二人の意識は混濁し、会話は途切れ、現実と幻覚の境界も曖昧になっていきます。
暑さが精神に与える影響を、これほど鮮明に表現した作品は珍しいかもしれません。
夏が近づくと熱中症のニュースが日常茶飯事となります。
ジェリーたちのように、暑さが続くと体力が奪われ、頭がぼうっとする経験をする人も多いでしょう。
熱中症は回復すれば一過性という認識が一般的ですが、その後の脳への長期的な影響についてはあまり語られてきませんでした。
台湾の研究チームは、この問題に大きなスケールで取り組みました。
2001年から15年間にわたり、熱中症と診断された成人約7万人を対象に追跡調査を行い、熱中症を経験していない約28万人のデータと比較しました。
その結果、熱中症を経験した人は認知症の発症リスクが1.24倍高く、特に重度の熱射病の場合、そのリスクは1.26倍にまで上昇することが分かりました。
さらに動物実験を行い、ラットを高温環境で強制的に運動させ熱中症状態を再現しました。
実験の結果、熱中症後14日経過後もなおラットの学習や記憶能力の低下が認められました。
また、記憶を司る脳の海馬では、神経細胞の損傷や減少、認知症に特徴的なアミロイド斑(異常なタンパク質の沈着)が観察されました。
熱中症がなぜ認知症のリスクを高めるのか、その仕組みは完全には解明されていません。
しかし、強い熱ストレスによって神経細胞に炎症や酸化ストレスが起こり、神経の変性を促進する可能性が考えられています。
つまり、熱中症は一過性の症状では終わらず、長期的に脳へ深刻な影響を及ぼす可能性があるのです。
もちろん、熱中症になったからといって必ず認知症になるわけではありません。
ただ、将来の健康を考えると熱中症の予防は重要です。
特に暑い環境で活動する機会の多い男性や基礎疾患を持つ方は、長時間の屋外活動を控えたり、こまめな水分補給や日陰での休息を意識的に行うなど、具体的な対策が必要でしょう。
小さな工夫が未来の脳の健康を守る第一歩となります。
参考文献:
Kuo WY, Huang CC, Chen CA, Ho CH, Tang LY, Lin HJ, Su SB, Wang JJ, Hsu CC, Chang CP, Guo HR. Heat-related illness and dementia: a study integrating epidemiological and experimental evidence. Alzheimers Res Ther. 2024 Jul 3;16(1):145. doi: 10.1186/s13195-024-01515-7. PMID: 38961437; PMCID: PMC11221187.

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
