氷を育てる塩、氷を溶かす塩

氷を育てる塩、氷を溶かす塩

 

元アメリカ副大統領ゴア氏が出演したドキュメンタリー映画『不都合な真実』(2006年)で、南極の巨大な氷の塊が轟音とともに崩れ落ちるシーンは、地球温暖化の象徴として、私たちの脳裏に深く刻まれました。

ですから、「南極の氷は減る一方だ」と考えるのは、自然なことです。

 

ところが、話の焦点を大陸の氷(氷床)ではなく、海に浮かぶ氷(海氷)に移すと、少し奇妙な現象が起きていました。

実は2014年頃まで、南極の「海氷」は増える傾向にあったのです。

これには海の塩加減が深く関わっていたのですが、どうやらその前提が、最近になって覆りつつあるようです。

 

南極の海は、冷たくて塩分の薄い水が、その下にある比較的暖かくて塩分の濃い水の上に浮かぶ、二層構造をしています。

この塩分の薄い表層水が「蓋」のような役割を果たし、深層からの熱が海面に届くのを防いでいました。

熱が遮断されるため、海氷は成長しやすかったわけです。

これを専門的には「成層が強い」状態と呼びます。

 

ところが2015年、この状況は変わります。

人工衛星の観測から、南極海の表面の塩分が上昇していることが明らかになったのです。

塩分が濃くなると水の密度が上がり、表層水と深層水が混ざりやすくなります。

つまり、「蓋」の効果が弱まったわけです。

その結果、深層からの熱が海氷を溶かし、海氷面積は記録的なペースで減少し始めました。

 

実際に、海氷の面積と海表面塩分(SSS)の間には-0.62という強い負の相関が確認されています。

これは、海がしょっぱくなるほど、氷が減るという関係性を示しています。

塩分の上昇は、1970年代半ばを最後に姿を消していた「モードライズ・ポリニヤ」と呼ばれる巨大な海氷の穴を、2016年と2017年に再び出現させる一因にもなりました。

 

この海の「塩分濃度の上昇」は、多くの気候モデルが示してきた予測とは異なる現象です。

モデルでは、温暖化に伴う氷床の融解や降水の増加により、南極周辺の海はむしろ塩分が薄まっていく(淡水化する)と考えられてきました。

 

観測された現実は、南極の海洋システムが、これまでとは異なる新しい状態へ移り変わっている可能性を物語っています。

この変化が長く続くものなのかを判断するため、衛星による継続的な観測がこれまで以上に重要になっています。

 

参考文献:

Silvano A, Narayanan A, Catany R, et al. Rising surface salinity and declining sea ice: A new Southern Ocean state revealed by satellites. Proc Natl Acad Sci U S A. 2025;122(27):e2500440122. doi:10.1073/pnas.2500440122

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。