ネットニュースで流れてくる悲惨な事件の記事を、ついクリックしてしまう。
遠い国の戦争や自然災害、映画や小説に描かれる悲劇に、私たちはなぜ心を奪われるのでしょうか。
自分とは何の関係もない、見知らぬ誰かの苦しみ。
それなのに、多くの人が時間や感情を注いでしまいます。
単なる「野次馬根性」だけでは説明できない、この人間の普遍的な行動の背景には、どのような動機が潜んでいるのでしょう。
アムステルダム大学の研究チームが、この疑問に迫りました。
彼らは247名を対象に質的調査を行い、他人の苦しみに触れる理由を調べました。
その後、250名を対象とした量的調査で、その動機がどのような状況で強く働くのかを数値化したのです。
この研究によれば、人が他人の苦しみに触れる動機は、大きく4つに分類できます。
まず一つ目が「知識欲」です。
ただの好奇心に留まらず、「世界をより深く理解したい」「自分や家族のために役立つ情報を得たい」という目的があります。
未知の病気や事故について学び、自らの備えにしたいと考える人も少なくありませんでした。
二つ目は「人生の意味を探求する欲求」です。
他人が直面した苦難を通じて、人生のあり方や人間としての価値観を深く考え、自分自身の成長につなげたいと願う動機です。
例えば、大災害を経験した人々の生き方や困難を乗り越えたエピソードから、自分の生き方を見直す機会を得る人もいます。
悲劇に触れることで自己理解を深め、より良い人生を模索しようとする心理が見て取れます。
三つ目が「社会的な理由」です。
見知らぬ人に共感し、「助けたい」「社会的な責任を果たしたい」と感じることがあります。
特に現実に直面した状況に対して、この社会的動機がより強く現れます。
目の前で困っている人を助けたり、災害や事故での救援活動に参加したりする行動がこれに当たります。
また、周囲が関心を示しているために自分も関心を持つ、という社会的な同調現象も含まれます。
四つ目は「感情的な動機」です。
他人の不幸をホラー映画やドラマなどエンターテインメントとして楽しんだり、スリルや刺激を求めて接する心理です。
また、自分の状況と比較して安心感や感謝を感じるために触れる場合もあります。
ただし、この感情的動機は他の動機に比べると比較的弱いものでした。
どうやら私たちは、他人の苦しみという窓を通じて、世界を学び、社会の一員としての役割を確認し、自分自身の立ち位置を測っているようです。
高尚な動機から俗っぽい動機までが、渾然一体となっている。
単に「悪趣味」と言い切れない人間という存在の複雑さを、この研究は描き出しているのかもしれません。
参考文献:
Vivanco Carlevari, A., Oosterwijk, S., & van Kleef, G. A. (2024). Why do people engage with the suffering of strangers? Exploring epistemic, eudaimonic, social, and affective motives. Cognition and Emotion, 39(3), 614–634. https://doi.org/10.1080/02699931.2024.2385691

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
