歳を重ねてから何か新しいことに手を出すというのは、なかなか骨が折れるものです。
特に音楽なんかは若いうちに始めなければ遅い、なんて言われますが、本当にそうでしょうか。
2016年公開の映画『オケ老人!』では、若い数学教師(杏が初主演しています)が、うっかり老人ばかりの、腕前もかなり怪しいオーケストラに入団してしまいます。
話はドタバタ&コミカルに進むのですが、これがなかなかどうして、老人たちは年齢も技術も吹き飛ばす勢いと根性で、最後には素晴らしい演奏をしてしまうのです。
笑いの中にも、人生の妙な味わいが滲んできます。
この映画のテーマ「老人と音楽」が、実は科学の世界でも意外なほど真剣に受け止められているのです。
京都大学の研究グループが、70代後半の健康な高齢者53人を対象に4年間の追跡調査を行いました。
参加者は、以前にメロディカの短期講習を受けていましたが、その後の道は二手に分かれました。
13人は「せっかく習ったんだし続けてみよう」とばかりに自主練習を続け、残りの19人は卓球や体操など、違う趣味に流れていきました。
4年後、はっきりとした違いが見えてきました。
まず、言葉や情報を一時的に記憶し処理する「ワーキングメモリ」は、楽器を続けたグループでしっかり維持されていました。
一方、練習をやめた人たちは「年相応」の衰えが目立ちました。
また、脳の構造にも差が出ました。
楽器を続けたグループでは、情報処理や運動制御に関わる「右被殻(うひかく)」という脳の領域の灰白質の減少が緩やかで、これはワーキングメモリの成績ともはっきり関連していました。
脳の使い方もまた、ひと味違っていました。
楽器を続けた人たちは小脳が元気に活躍し、小脳と大脳皮質の間に程よい役割分担ができていました。
いわば、小脳がベテラン社員のようにしっかり仕事をこなし、新入りに無理をさせない職場のようなものだったのでしょう。
結局、この研究は「高齢になってから楽器を始めても脳の衰えは十分抑えられる」ということを示しています。
「いまさら遅い」と思う前に、音楽の世界をちょっとかじってみるのも悪くありません。
人生はいつだって、新しい旋律を奏でるチャンスがゴロゴロ転がっているのですから。
そういう私も、こういう論文を読むと、下手なりに続けているギターをやっぱり続けていてよかったと思うのです。
参考文献:
Xueyan Wang, Masatoshi Yamashita, Xia Guo, Lars Stiernman, Marcelo Kakihara, Nobuhito Abe, Kaoru Sekiyama; Never too late to start musical instrument training: Effects on working memory and subcortical preservation in healthy older adults across 4 years. Imaging Neuroscience 2025; 3 IMAG.a.48. doi: https://doi.org/10.1162/IMAG.a.48

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
