アミロイド仮説の32年―アルツハイマー病研究のゆくえ

アミロイド仮説の32年―アルツハイマー病研究のゆくえ

 

1992年、アルツハイマー病の研究に「アミロイドカスケード仮説」という考えが登場しました。

なんとも分かりやすくて、一見すると納得できそうな仮説でした。

曰く、「アミロイドβとかいう小さなペプチドが脳内で悪さをして、神経細胞をいじめ倒し、やがて認知症を引き起こす」という話です。

 

考えがシンプル過ぎると、ついつい疑いたくなるのが人間の性というものです。

実際、最初から「いや、脳ってそんな単純じゃないだろ」と、疑いの目で見る研究者もたくさんいました。

しかし、この仮説は妙に分かりやすかったため、あっという間に主流になり、32年経った今でも研究者の関心の的になっています。

 

ここ数年は、このアミロイドβを取り除くための薬が次々と登場して話題になっています。

レカネマブとかドナネマブなんて名前を聞くと、もはや発音練習が必要なレベルですが、これらの薬剤が実際に米国のFDAで承認されたことで、「とうとうアミロイド仮説も本領発揮か?」と期待が膨らんだわけです。

 

しかし、そうは問屋がおろしません。

確かに一部で効果があるようにも見えますが、患者さんの症状が劇的に改善するのかどうかとなると話は別です。

治療による脳浮腫や脳出血などの副作用が起きる可能性が指摘されており、また薬剤の値段も年間数百万円から、場合によっては数千万円にもなるというべらぼうな価格設定です。

そのため今では研究者たちはまるでテレビの討論番組のように「推進派」と「否定派」に分かれて熱い議論を繰り広げています。

 

さらに困ったことに、最近では「アルツハイマーはそんな単純な話じゃない」というデータが山ほど出てきました。

実際、「タウ」と呼ばれるタンパク質が悪さをして神経細胞を壊す「タウ仮説」や、グリコリピドという脂質の代謝異常が病気のきっかけになっているという説まで登場しています。

免疫系や脂質代謝の複雑な絡み合いを示す遺伝子解析の結果もあり、まさに諸説入り乱れる状況です。

「アミロイドβなんて、事件の最後にやってくる『見物人』みたいなもんじゃないか?」なんて皮肉をいう学者さんまで現れました。

 

そもそもの仮説の生みの親の一人、ジョン・ハーディ先生自身も、「あの頃はアミロイドβが片付けば認知症も解決すると思ったけど、今はもうちょっと冷静になったよ」と、自分でも戸惑っている始末です。

 

結局のところ、2024年現在、この仮説はまだまだ「仮設住宅」のようなもので、本格的な家になるにはもう少し時間がかかりそうです。

これからの研究が、どんな新しい風を運んでくるのか、新しい発見や治療法が生まれる期待と、これ以上混乱しないかという心配が入り交じった、複雑な気持ちです。

 

参考文献:

Behl C. In 2024, the amyloid-cascade-hypothesis still remains a working hypothesis, no less but certainly no more. Front Aging Neurosci. 2024;16:1459224. Published 2024 Sep 4. doi:10.3389/fnagi.2024.1459224

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。