人生の多くのことは、バランスの上に成り立っています。
医学の世界もまた、この繊細な均衡と無関係ではいられません。
血液透析を受けている患者さんにとって、血圧の管理は特に難しい問題です。
血圧が高すぎれば当然問題ですが、透析中に急激に下がりすぎるのも困ります。
この透析中の血圧低下は「透析低血圧(IDH)」と呼ばれ、めまいや吐き気を引き起こし、重篤なケースでは臓器へのダメージや心不全のリスクを高めます。
IDHは実際に、透析の約5%から30%のセッションで起こるとされています。
ここで医師や患者さんを長年悩ませてきたのが降圧薬の使用法です。
透析前に服用することで透析中の低血圧リスクを増やすのではないか、という懸念が常にありました。
そのため、透析現場では「透析日」と「非透析日(透析のない日)」で降圧薬の服用を分ける方法が一般的に行われています。
降圧薬には多くの種類がありますが、一般的によく使われるものとして主に4種類が挙げられます。
ACE阻害薬/アンジオテンシン受容体拮抗薬(ACEIs/ARBs)は血管を広げる働きがあり、心臓や腎臓を守る効果も期待できます。
α遮断薬は血管をリラックスさせて血流を良くする薬で、前立腺肥大症の治療にも使われます。
β遮断薬は心臓の拍動をゆっくりにして心臓への負担を軽減し、不整脈の予防に使われることも多いです。
ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬(DHP-CCBs)は血管を広げて血圧を下げる働きをします。
こうした降圧薬の特性を踏まえ、台湾の国立成功大学病院の研究チームは、透析前の降圧薬服用が本当に透析低血圧リスクを高めるのかを検証しました。
彼らは2016年から2021年の間に、115名の患者が受けた合計39,371回の透析データを詳細に分析しました。
その結果、降圧薬が透析中の血圧を不安定にさせるというこれまでの通説は見直されることになりました。
ACE阻害薬/ARBやβ遮断薬は実際には透析低血圧を増やすことなく、中立的な影響を示しました。
一方、特に注目されたのがDHP-CCBsとα遮断薬の効果です。
これらの薬を使った場合、透析低血圧が起こる頻度が明らかに少なくなりました。
具体的には、DHP-CCBsを使用した場合には透析低血圧が約35%も少なく(約3回に1回の割合で減少)、α遮断薬の場合は約43%(ほぼ半分近く)も少なくなりました。
これらの薬は血管の柔軟性を改善したり、血管の緊張を和らげたりすることで、透析時の急激な血圧低下を防いでいる可能性があります。
これは降圧薬が透析中の血圧管理に役立つ可能性を示した重要な結果です。
つまり、降圧薬は適切な種類を選ぶことで、透析時の血圧安定を支援できるかもしれません。
一律に透析前に薬を止めるという現在の慣習を再考するタイミングが訪れたとも言えます。
もちろん、この研究ひとつですべての疑問が解消されるわけではありません。
しかし、科学は地道な研究とデータの蓄積を通じて、私たちの常識をゆっくりと、しかし確実に塗り替えていきます。
参考文献:
Chen TY, Hsieh MH, Su FY, et al. Risk of intradialytic hypotension among different antihypertensives in haemodialysis patients. Clin Kidney J. 2025;18(6):sfaf159. Published 2025 May 23. doi:10.1093/ckj/sfaf159

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
