キザな喩えを許してもらえるなら、科学は、ときにジャズの即興演奏に似ていると思います。
誰かがメロディを奏で始め、そこに他の演奏者がゆっくりと音を重ねていく。
派手さはなくとも、いつしか深い味わいを醸し出していきます。
腎臓の機能が衰えた人々を支える透析という医療の世界にも、そんな豊かな旋律が流れています。
「オンライン血液透析ろ過(HDF)」が生まれたのは1970年代のことでした。
それは従来の「高流量血液透析(HD)」に「ろ過」というアレンジを加え、老廃物の除去をより効率的に行おうとして生まれたものでした。
当初、この新しい手法は特殊な病気に使われましたが、日常の治療現場でその価値が本当に理解されるまでには、長い時間を必要としました。
2010年代、オランダやトルコの研究が報告されると、物語のテンポは徐々に変わります。
これらの研究はHDFが常にHDを超えるとは言い切れないものの、特定の条件下でその可能性をほのかに示しました。
その後のスペインの「ESHOL研究」(2013年)やCOVID-19流行期と重なった2023年の「CONVINCE研究」では、HDFが死亡リスクを大きく減らすという具体的なデータが示され、徐々にその信頼性が高まっていったのです。
今回、その主役は南米のブラジルへと舞台を移しました。
ブラジルの研究者たちはヨーロッパで得られた研究結果が、異なる医療環境でも同様に効果を発揮するのかを確かめるために、29の施設で8,391人の患者を2年間じっくりと観察しました。
その結果、HDFはHDに比べて死亡リスクを27%減少させ、特に心臓や脳血管疾患での死亡リスクは34%も低くなることが分かりました。
一方で感染症による死亡リスクには差がありませんでした。
感染症は透析の方法よりも患者さん自身の免疫力や生活環境、さらには透析装置や施設の衛生管理の質によって大きく影響されるためです。
ヨーロッパで行われたCONVINCE研究では、高用量のHDFがCOVID-19を含む感染症による死亡リスクを有意に低下させましたが、今回のブラジルの研究では感染症に関する有意な差は認められませんでした。
この違いは研究の対象となった地域や医療環境の差異、さらにはCOVID-19流行の影響を受けたか否かという時期的な要因も関係していると考えられています。
年齢という観点から見ると、65歳未満の比較的若い患者さんにおいてHDFの恩恵が顕著でした。
また、透析期間が長い患者さんほどHDFの良さが際立っていました。
ではなぜHDFが優れた効果をもたらすのかといえば、それはHDでは取り除くのが難しい「β2ミクログロブリン」など、中程度の大きさの老廃物を丁寧に除去することができるからです。
この繊細な血液の浄化が、結果として心臓をはじめとする体の負担を軽くしているのです。
ブラジルという国は都市部と地方で医療環境に大きな差があり、経済的な格差や医療アクセスの問題も根深いです。
今回の研究では、こうした多様で複雑な背景を持つ患者さんが参加し、その状況下でもヨーロッパの成果がブラジルの「実世界」でも通用することを明らかにしました。
この世に完璧な治療法というものは存在しません。
しかし、科学というものは、暗闇の中で手探りしながらも、小さな灯りを見つけ出すように進んでいきます。
その一つひとつの小さな灯りが、患者さんの生活を少しでも良くするきっかけとなるのだと思います。
参考文献:
Strogoff-de-Matos JP, Canziani MEF, Barra ABL. Mortality on Hemodiafiltration Compared to High-Flux Hemodialysis: A Brazilian Cohort Study. Am J Kidney Dis. Published online June 9, 2025. doi:10.1053/j.ajkd.2025.04.013

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。