ビートルズ「オクトパス・ガーデン」―リンゴが描いた心の世界

ビートルズ「オクトパス・ガーデン」―リンゴが描いた心の世界

 

私が通っているギター教室ではだいたい月に一度、私が希望した新しい「課題曲」を講師の先生にお願いします。

今月の課題曲はビートルズの「オクトパス・ガーデン」。

その選曲に、先生は少し意外そうな表情を浮かべていました。

「また渋いところを」とでも言いたげな、そんな表情です。

確かに決してビートルズを代表する曲ではありませんが、この曲の背景を知れば知るほど、なんとも言えない愛おしさが湧いてくるのです。

 

「オクトパス・ガーデン」が生まれたのは1968年。

当時のビートルズは、『ホワイト・アルバム』の制作中で、メンバー間の雰囲気はお世辞にも良いとは言えませんでした。

特にドラムのリンゴ・スターは、自分がバンド内で浮いているのではないかと感じ、孤立感を深めていました。

ついに「もう耐えられない」と、一時的にバンドを脱退してしまいます。

 

傷心のリンゴが向かったのは、地中海に浮かぶサルデーニャ島でした。

リンゴの友人であるコメディアンのピーター・セラーズが所有するヨットで家族と休暇を過ごしたのです。

ある日、船上でランチにフィッシュ・アンド・チップスを頼んだところ、魚の代わりにイカが出てきました。

それがきっかけで、リンゴは船長とタコの生態について話をします。

船長は、タコが海底で石やキラキラと光るものを集め、自分の住処の前に庭のように飾る習性があるのだと語りました。

バンド内のストレスから逃れたいと思っていたリンゴにとって、その話はまさに天啓でした。

「その瞬間、本当にタコと一緒に海底にいたいと思った」と、後に彼は振り返っています。

 

リンゴはギターを手に取り、知っていた3つのコードで曲を書き始めました。

とはいえ、リンゴの当時の音楽的知識は、彼自身が「3コードしか知らない」と認めるほど限られたものでした。

ここで重要な役割を果たしたのがジョージ・ハリスンです。

リンゴがスタジオに持ち込んだ初期のアイデアにジョージは興味を示し、コード進行や構成についてアドバイスをしました。

このシーンはドキュメンタリー映画「Get Back」でも印象的なシーンとしておさめられています。

リンゴ自身、「僕はヴァースとコーラスは得意だったけど、最後まで仕上げることができなかった。

ジョージがそれをまとめてくれたんだ。彼に渡すと10個くらいのコードが入っていて、僕が天才みたいだった」と感謝しています。

ジョージは、リンゴの才能を温かく見守り、開花するのを手助けした、いわば「音楽的助産師」だったのかもしれません。

 

1969年、『アビイ・ロード』のセッション中に行われたレコーディングは、当時のビートルズにしては珍しく和気あいあいとしていました。

リンゴが冗談を飛ばすなど、スタジオは良好なムードだったそうです。

この曲を特徴づける水中のようなサウンド・エフェクトは、ジョージ・ハリスンがストローを使って牛乳の入ったグラスに息を吹き込み、泡の音を録音したという、なんともユーモラスで微笑ましいエピソードから生まれました。

 

楽曲はEメジャーで、E-C#m-A-Bというシンプルなコード進行を用い、メロディもペンタトニック(五音階)に沿った素朴なものです。

その飾らない音楽性が、現実からの逃避や安息の地への憧れという歌詞のテーマを美しく引き立てます。

特に「誰も僕らにああしろこうしろと言わない(No one there to tell us what to do)」という歌詞は、リンゴが感じていた孤独やバンド内でのプレッシャーを正直に表現したものだと思われます。

そして、当初は「日陰で(in the shade)」と歌われていた孤独な逃避が、曲の最後には「君と一緒に(with you)」へと変化するのは、仲間と共に平穏を願うリンゴの心情を象徴しているのでしょう。

 

この曲に対し、ジョン・レノンは「リンガロング・シンガロング!(Ring-along sing-along!)(みんなで歌えるリンゴの歌!)」と親しみを込めて呼び、ポール・マッカートニーもベースやピアノ、ハーモニーで積極的に参加しています。

特にジョージ・ハリスンは、「リンゴは自分でも気づかずに宇宙的な歌を書いている」と称賛しました。

 

「オクトパス・ガーデン」は、リリースから半世紀以上経った今も、多くの人々に愛され続けています。

その素朴さや温かさが、聴く人の心を和ませるのでしょう。

リンゴ自身も、この曲を自分の葬儀で流してほしいと願っているほど気に入っているのだそうです。

 

さて、ギター教室の先生が浮かべた意外そうな表情。それもまた一興です。

けれど、この曲に込められた物語や友情を知れば、単なる子供向けの歌ではない、深い味わいが滲み出てくるように感じます。

タコが作る静かで平和な海底の庭―そこは、私たちが心に抱える小さな聖域なのかもしれません。

今月も指がタコになるくらい、練習に励むとしましょうか。(うまい!笑)

 

 

YouTubeの公式の動画を貼っておきます。

 

ブログの音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。